第51話 客間へ
「そうなんですか?……変わっていらっしゃいますね」
「そうかな?」
コンラートは小首を傾げて微笑する。
「僕は『兄上に対して失礼じゃないか』と、注意されるのではないかと思っていました」
「注意されたかったの?」
「別に……、そういうわけじゃないですけど……」
まさか、「砕けた口調で弟と話せるのが嬉しい」などと言われると思っていなかったため、拍子抜けしてしまったのだ。
「そう? それならいいじゃない」
(いいのか……?)
いちいち「ああしなさい」「こうしなさい」と言われるよりかはいいが、スイングラー家としてはどうなのだろう。
兄に対し、敬う態度を取っていなかったロバートが気にするのも変な話だが、注意されないというのも落ち着かない。
「……」
どう反応すべきなのか分からず、口を窄めて困った顔をしていたが、コンラートはどこ吹く風と言った様子である。
「あ、念のために言っておくけど、ティナさんにももう少し丁寧な言葉使いで話すようにね」
にこやかな笑みで付け加えられ、ロバートはため息交じりにうなずいた。
「分かっていますよ……」
「そっか。じゃあ行こうか」
するとコンラートはさっさと扉の前に戻って行ったかと思うと、そこを通り過ぎティナのほうへ近寄った。
「ティナさん、すみませんね、お待たせしてしまって」
「問題ございません。お気遣いいただきまして痛み入ります」
ティナは恭しくコンラートに対して頭を垂れる。ロバートはその様子を、とても遠いことのように眺めていた。
「ほら、ロバートも行くよ。——ルーシャン、案内してくれ」
「はい」
ルーシャンは、ロバートがコンラートの後ろに移動したのを確認してから、客間の扉をノックしてから無駄のない所作ですっと開けた。
「失礼いたします。コンラートさまたちがいらっしゃいました」
ルーシャンがそう言うと、部屋のほうから父の声が聞こえた。
「入りなさい」
部屋の主が許可を出すと、コンラートが先に中に入る。ロバートとティナはその後ろに続いた。
「ただいま帰りました、父上」
「うん、お帰り」
コンラートが挨拶をすると、父は立ち上がって兄を軽く抱擁した。
「すみません、帰って早々宝石商の商談をお願いしてしまって」
「いやいや、構わないよ。寧ろ、コンラートが宝石に興味を持ってもらえたことが嬉しい」
「そうですか?」
「うん」
父が目を細めて笑うと、ロバートのほうに目を向ける。
「ロバートも、コンラートと一緒に宝石を見て、色々学ばせてもらいなさい」
「はい」
うなずくと、父は次にティナを見た。そのためロバートも、自分の後ろに立つ彼女のほうを振り返る。
「ティナもね、是非楽しんでくれ。何か欲しいものがあれば、私が買ってあげるから遠慮しないで言ってくれよ」
するとティナはぎょっとしたように目を見開き、身じろぎをしたが、何とか平静を装って深々と頭を下げた。
「……お気遣いくださいましてありがとうございます。あの……、ですが、そういうつもりで同席するわけではございませんので……、謹んで辞退いたします」
「そう?」
「はい……。お気持ちだけ十分嬉しゅうございます。本当にありがとうございます」
父は少し残念そうに「そっか、分かった」と答える。
兄といい、父といい、どこか変わっている。
いや、人と感覚がずれていると言ったらいいのか。
(この人に「宝石を買ってやる」なんて言ったら困るに決まっているのに、何でそんなことを言うんだろう?)
ティナは一介の家庭教師である。リブーム関しては名のある人なのかもしれないが、ここに来るまでレストランで働いていたただの主婦だ。自分でもそう言っている。
できるだけ「普通」でありたいと思っている彼女に対して、何故「宝石を買ってあげよう」などと言うのか。ロバートには父の気持ちがよく分からなかった。
彼が内心小首を傾げている間に、ヴィヴェルシュが今回来てくれた宝石商を紹介する。
「ロバートとティナは初めてだね。彼の名前はタルナート君だ。スイングラー家では一年に何度か取り引きをさせてもらっている。信頼できる宝石商だ。彼はロルディの南にある、アン・ミシャルの町を拠点に宝石を売っていて、今回はロルディに出てきているというのを風の便りで聞いたんでね。呼び出したんだよ」
父の向かい側に座っていた宝石商の男は紺色の背広を着こなし、さらりとした茶色い髪をしていた。それらを耳たぶの辺りで切りそろえており、額の真ん中で分けた前髪からは優しそうな茶色い瞳を見せている。
柔らかい雰囲気を醸し出す彼は、身動きも軽く滑らかで、飴色をした革張りのソファからふわりと立ち上がると、コンラートやロバートたちのほうを向いて挨拶をした。
「コンラートさま、お久しぶりでございます」
「そうですね。お忙しい中来ていただいてありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
「お気遣いいただきまして恐縮です。こちらこそよろしくお願いいたします。それから、ロバートさま、ティナさまにおかれてはお初にお目にかかります。タルナート・ウェーベリストと申します。この度は数ある宝石商の中から、わたくしをご指名いただきまして誠にありがとうございます」
彼はロバートとティナに対して頭を下げた。
(珍しい人だ)
ロバートは、タルナートの茶色の頭を見ながらそう思った。
彼はロバートの空色の瞳と目が合ったはずである。だが、全く気にする素振りを見せなかった。外部の者で驚かなかったのは、ティナ以来二人目である。
ロバートは「よろしくお願いします」というと、タルナートは頭を上げて微笑んだ。




