第50話 兄の世話係、ルーシャン
兄が通った廊下を追って行くと、一階にある客間の前で彼は止まっていた。
しかし、案内をしていたはずのクイーズリーがいない。
その代わり、別の人物が傍にいた。白髪をすべて後ろになで上げ、燕尾服を纏った背の高いすらりとした体型の老人である。
「おかえりなさいませ、コンラートさま」
「ただいま、ルーシャン。……って言っても、ルーシャンとはずっと僕と一緒に行動をしていたから、『ただいま』って言われるのは違和感があるんだけど」
そう言って、コンラートは肩をすくめた。
「いえ、この屋敷がコンラートさまにとっての帰る場所でございます。ですから、『おかえりなさいませ』なのでございますよ」
老人はそう言って目を細める。
「そっか……」
「はい。それから頼まれた件につきましては、準備が整ってございます」
「ありがとう」
「ロバートさまと、エジンさんも参加なさることもお聞きいたしました。今、クイーズリーが旦那さまに話すため、中に入っていきましたゆえ、ご安心ください」
「分かった」
やり取りを聞いている限りでは、コンラート付きの使用人のようだ。しかも、ロバートですらも、彼が使用人たちの中でも格上であることが分かる。
立ち居振る舞いが美しい人で、クイーズリーですらも及ばない何かを持っている人のように思えた。
「ロバート」
コンラートが急に振り返って名前を呼ぶので、ロバートはびくりと肩を震わせる。
「そんなにびっくりしなくても……」
「申し訳ありません……」
困った顔を浮かべた兄に、ロバートは素直に謝った。ただし、屋敷内での言葉遣いを使う。
すると、コンラートは一瞬目を見開いて驚いたが、何かを察してすぐに元の表情に戻った。そして、彼が「ルーシャン」と呼んだ老人のことを紹介してくれる。
「ううん、いいんだ。それより彼のことを紹介するよ。ルーシャンだ。僕の身の回りの世話をしてくれている。会うのは初めてだろう?」
「……はい」
ロバートはうなずきながら、コンラートの後ろに立つルーシャンを見上げた。優しい笑みを浮かべているが、クイーズリーよりも隙がないような感じがして、ロバートはほんの気持ちだけ背筋を伸ばした。
「お初にお目にかかります、ルーシャンと申します。コンラートさま付きのお世話係をしております。何卒、よろしくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をされ、ロバートは困惑しつつも「よろしくお願いします……」と挨拶を返す。
そこにコンラートが説明を付け加えた。
「ルーシャンが若かったころは、父上に付き添って仕事をしていたんだ。今でいうとクイーズリーの立ち位置かな。でも、年を取ったっていうんで執事の地位からは退いたんだよ」
「そうなんですか……」
「執事はスイングラー家全てのことを把握していなければなりませんから、老骨には堪えるのですよ」
苦笑しながら謙遜するルーシャンに対し、ロバートは素直に「あまりそんなふうには見えませんけど……」と言った。
すると、意外なことに兄が同意する。
「だろう?」
コンラートは、ロバートが自分と同じ考えをしていたことが嬉しかったのか、にこにこと笑った。
一方のルーシャンは、自分の話題が続くのを避けたかったようで、一つ咳ばらいをすると「早速ですが、ご案内いたしますか?」とコンラートに尋ねた。
「うん。でも、その前に少しロバートと話がしたい。いいかな?」
「大丈夫でございます。今、旦那さまが商品をご覧になっているようですし」
「そうか、よかった」
ルーシャンにそう答えると、コンラートは宝石商のいる部屋から少し離れたところに移動して弟を手招きした。
「ロバート、ちょっとこっちに来て」
(そう言われても……)
ロバートはちらりと後ろを振り返る。十歩ほど離れたところに、廊下の突き当りにある青い空が見える窓を背景にして、ティナが静かに佇んでいた。
(いいのかな……)
「ロバート、早く。すぐ済むから」
兄のほうを見ると、手を振って催促してくる。
しかし、どうしてもティナが気になったため、もう一度彼女のほうを見てみた。
動かないロバートに対して「気にせずに、お兄さまのところに行ってください」というかのように、コンラートのほうを掌で示す。
彼はそれを見てほっとすると、兄のいるところへ近づいた。
「何です?」
少し不機嫌な様子で聞くと、コンラートは何故かちょっと笑ってから事情を説明した。
「念のため、言っておいたほうがいいかなと思って。ロバートは嫌かもしれないけど、宝石商の前では今のように僕に敬語を使ってね。……えっと、この意味は分かる?」
言っておきながら弟に意図が伝わっているかを尋ねる兄に、ロバートはため息交じりに答える。
「分かっています。僕もそこまで馬鹿ではありません……」
要するに、宝石商に「この家の弱みになるようなことは見せるな」ということだ。レイモンドに先ほど嫌なことを言われたばかりであるし、この家の後継者である兄に対して「コンラート」というのを宝石商の前で言うのは、さすがのロバートでも憚られる。
「ごめん、ごめん。でも、実を言うとね、僕は弟からこんなふうに砕けた口調で話してもらえるのが嬉しいんだよ」
笑ながら謝るコンラートに対し、ロバートはきゅっと眉を寄せた。




