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宝石の駒  作者: 彩霞
第三章

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第49話 名を馳せた者

「ああ、そうでしたか」


 クイーズリーが、ティナに微笑みを返してうなずく。

 コンラートはその様子を満足そうに眺《なが》めつつ、さらに付け加えた。


「ロバートたちが乗っていた馬車は、レイモンドが馭者《ぎょしゃ》と一緒に戻しに来ているはずだよ。僕らの馬車のほうが先に出たから、まだついていないかもしれないけど。気になるようだったら、あとでカインに聞いてみてくれる? 彼は今からこの馬車を戻しに行くと思うから」


「かしこまりました」


 クイーズリーは恭《うやうや》しくコンラートに頭を下げ、了承の意を示す。彼が体を起こすと、兄は宝石商について尋ねた。


「それより、宝石商は? もう来ているの?」


「はい、来ております。ルーシャン殿より連絡をいただきましたので、すでに準備は整えておきました」


「ありがとう」


(ルーシャン?)


 ロバートは初めて聞く名前だった。どういう人物かも分からない。

 ただ、クイーズリーが敬称を付けて呼ぶくらいであるから、兄に関わる重要人物なのだと思った。


「宝石商との商談にロバートとティナさんも同席するから。そのつもりでよろしくね」


 コンラートがそう言うと、クイーズリーの表情が僅《わず》かに曇《くも》る。

 さすがの彼も、ロバートはもちろん、一介の家庭教師であるティナも参加すると思わななかったはずだ。

 しかし兄は、馬車の中で「ロバートが関わっていればクイーズリーも父上も反論しない」と言っていた。


(どう説明をする気だろう?)


 ロバートが見守る中、コンラートは余裕を持った口調で言った。


「ティナさんはロバートの家庭教師なんでしょう? それもリブームの」


「ええ、そうですが……」


 クイーズリーは、まだコンラートの意図が読めないでいる。

 しかし、兄はのんびりとした態度で話を続けた。


「本邸《ほんてい》から離れている間に父上から手紙をもらっていたんだけど、その中にティナさんの話が少し書いてあってね。以前『盤上の王』として名を馳《は》せた方であると書いてあった」


「ああ……、そうでございましたか」


(「盤上の王」……?)


 クイーズリーが納得している一方で、ロバートは目を瞬《しばたた》かせる。これもまた初めて聞く言葉だった。今日は初めてのことが次から次へとやってくる。


(また俺だけのけ者? 何でコンラートが知っていて、俺が知らないんだ)


 面白くない。そう思ったが、ふと、リブームをやっているときのティナの言葉を思い出した。


 ——勝てるほうがいい……と。それは、自分が勝負の世界に長く浸かってきたせいで、感覚が麻痺《まひ》していたのだろうと思います。


 ロバートがティナに駒や盤を投げてしまった次の日に、彼女はそういう話をしていた。彼にリブームの面白さを語ったティナには勝負への拘《こだわ》りはほとんどなく、寧《むし》ろ目を背《そむ》けているように思える。


(もしかして、話したくなかったのか……?)


「盤上の王」と呼ばれることが、嫌だったのかもしれない。

 そして、ロバートに「『盤上の王』で名を馳せた者」として振舞い、リブームを教える立場にいたくなかったとも考えられる。


(「盤上の王」って呼ばれたかったら、自分で言っているはずだもんな)


 そう思って、ティナの横顔をちらりと見上げる。

 コンラートに、得意そうな顔はしないだろうなということは何となく想像していたが、やはり静かに二人の会話を見守っているだけだった。


「だから父上は、ティナさんを家庭教師に招くことができて嬉しいとも語っていたよ、僕も是非お話を聞きたいと思ってね。折角だし、これからの商談にも付き合ってもらえたら面白いんじゃないかと思ったんだよ。きっとロバートにとってもいい機会になるだろうしね」


「なるほど、そういうことでしたか」


 クイーズリーは納得した顔を浮かべると、すっと体を避《よ》けて「エジンさまもどうぞご一緒に」と言って先頭を歩き出す。

 コンラートはちらりとティナのほうを見ると、「言ったでしょう?」と爽やかな笑みを浮かべて執事の後ろを付いて行った。


「ロバートさま、お先に行ってくださいませ」


 コンラートたちと少し距離ができると、ティナがロバートにそう言った。


「あんたは? 行かないの?」


「いいえ、参りますよ。あそこまで言われてしまったからには断りようがございませんからね」


「じゃあ、何で俺に先に行けって言うの? 俺に先陣を切れって?」


 すると、ロバートの気持ちを察したティナは、くすっと笑って理由を教えてくれる。


「そういうつもりで申したわけではありません。ロバートさまの前や、隣を歩くわけにはまいりませんから、後ろを付いて行きますと申しているだけです」


(ああ、そうだった……)


 今朝《けさ》も同じように言われたばかりである。

 ロバートはとりあえず納得すると、「分かった。そういうことなら先に行くよ」と言って、足早にコンラートの背を追いかけ、屋敷の中に入るのだった。


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