第43話 氷のような言葉
「はー……、勘弁してくださいよ。まさか私が責めたと思っているんですか? 心外ですね」
呆れたような声で言う。恐る恐る顔を上げてレイモンドのほうを見ると、彼は冷たい瞳でロバートを見下ろしながら一言付け加えた。
「自業自得でしょう」
氷のように冷たく、鋭い刃のような言葉だった。
心にぐさりと刺さり、そこからだんだんと凍り付いていくようである。
ロバートは項垂れ、涙の痕の残る床をただただ見つめていた。
(……)
感情がぐるぐると胸の辺りで渦巻く。それはまるで、雷雨を抱え込んだ黒い夏雲があるようだ。
黒い雲の中には悔しさもあるし、悲しさもある。また、「どうしてこんなことをレイモンドに言われなくちゃならないんだ」という怒りもある。
だが、どれもこれも上手く言葉にならない。言い返したいのに言い返せない。
そのため感情の黒い雲だけがどんどん大きくなっていく。
ロバートは奥歯を噛みしめ、さらに右手で己の左腕をぎゅっと掴んだ。そうでもしないと制御が利かないような感覚に襲われる。
レイモンドが恨めしい。
ここで暴れて彼を困らせることができたらどんなにいいかと思うが、店に迷惑をかけると被害を受けるのはクイーズリーや父である。そして、世間の印象が悪くなるのはロバートであり、レイモンドではない。
それくらいのことは彼でも分かる。
(悔しい……!)
自分がやられているのにやり返せないもどかしさに、ロバートは苛立つ。
(どうしたら、どうしたらレイモンドに仕返ししてやれるんだろう……!)
ロバートがぎゅっと目を瞑ったときだった。
「レイモンドさん」
彼の名を呼ぶティナの声が、レイモンドのほうから聞こえた。
ロバートははっとして、袖を使い急いで涙を拭う。何となくティナには泣いている顔を見られたくなかったのだ。
何事もなかったかのように再び俯き、涙で濡れた床も靴の裏で擦ってなかったことにした。
(帽子もかぶっているし、見られなかったはず……)
だがここから、どうやって何事もなかったかのように振舞えばいいのかが分からない。
ロバートが一人で悩んでいる間に、あちらでは話が進んでいた。
「何ですか――」
レイモンドがティナに呼ばれて振り返ったのだろう。
だが、何故か彼が息を呑んだように聞こえたあと、言葉が続かない。
(何だ……? どうしたんだ?)
ティナ相手にレイモンドが何も言えなくなるはずがないし、そもそも先ほどの威勢はどこへ行ったのか。
不思議に思っていると、聞きなれない若い男の声が聞こえた。
「レイモンド、何をしているんだい?」
(え……? この人、誰だ……?)
ロバートは俯きながら声の主が誰なのかを想像する。
(「レイモンド」って名前を言った……。レイモンドを知っているんだ。でも、なんかこの言い方って父上に似ている……)
当主である父が、使用人たちに何かを尋ねるときの言い方にそっくりだった。
ただし若い男の声には父とは違って、優しいけれども何か暗いものを潜めているような雰囲気がある。
「えっと……、ロバート坊ちゃんの付き添いで……」
「それは見れば分かる。ここで何をしていたのかと聞いている」
「……」
レイモンドが全く言い返せなくなっている様子を感じ取り、ロバートはそっと顔を上げた。レイモンドよりも背の高いシルエットが、逆光の中に浮かび上がっているのが見える。
すらりとした体型に、整えた髪。上質でありつつ落ち着いた雰囲気の服に身を包んだ青年は、ロバートが一度だけ見たことのある人だった。
ロバートは唇を震わせると、半信半疑で彼の名を呼んだ。
「コン、ラート……?」
コンラート・スイングラー。
彼こそが、スイングラー家の正当な後継ぎであり、ロバートとは七歳離れた腹違いの兄である。
ロバートの声に気づいたコンラートは、笑顔を見せると彼のほうに歩み寄った。そして、目線を合せてくれる。
「そうだよ。覚えていてくれたんだね」
兄は嬉しそうに笑う。
一度しか対面したことがないのに何故そういう態度を取っているのか分からず、ロバートは少し警戒しながら呟いた。
「……何で、ここ……」
「ああ、『何でここにいるのか』って?」
コンラートは、弟が言いたいことをすぐに察する。ロバートは戸惑いながらもこくりとうなずいた。
兄は相好を崩しながら答えてくれる。
「たまたま大通りを馬車で通ってきたときに、うちのもう一台の馬車が細い通り道に入っていくのが見えたから、馭者にお願いして追ってもらったんだよ。いつもは行かないような通りを行くから珍しいなと思って。そうしたらこの店に停まってね。最初は入るつもりはなかったんだけど、やっぱり気になったから店の前に下りたんだよ。ただ、入ろうかどうか躊躇していてね。そうしたら――」
と言って、コンラートは後ろを振り返って言った。
「ティナさんが僕に気づいてくれて、挨拶をしてくれたんだよ」




