第42話 我儘
「我儘なんて――」
言い返そうと思ったが、レイモンドはそれに言葉を被せてきた。
「されていないと? 家庭教師が来るたびに『自分には合わない』『あいつの態度が悪い』などと喚き散らして追い返し、旦那さまを困らせているのは確かでしょう。ロバートさまにとっては合わない相手なのかもしれませんが、家庭教師を選ぶのには手間がかかっているんですよ」
「手間?」
ロバートは小首を傾げる。
ティナは父が捜してきたと言っていたが、他の家庭教師のことなど知らない。するとレイモンドは、やれやれと言わんばかりに説明を付け足した。
「誰に見せても恥のない『立派なスイングラー家の子息』に育てるために、クイーズリーさまが事前に家庭教師たちを調べ、選りすぐりの者を指名しているのですよ」
まさかそんなことをしているとは思わず、ロバートは目を見張った。
「……」
「その顔はご存じなかった……いえ、想像もつかなかったというところですかね。あなたさまが来てから、クイーズリーさまの仕事は激増しました。お陰で、無理をして仕事をなさっている日が続いています。そのこともご存じない?」
クイーズリーが時々目の下に隈を作っているのは知っている。疲労によるのか、それとも睡眠不足なのだろうとは思っていた。その原因は父だと思っていただけに、自分のせいにされるなど夢にも思わなかった。
(確たる証拠はないんだ)
どうせレイモンドのこじつけだろうと思い鼻で笑って、「だから何?」と言い換えしてやった。
(これ以上酷いことを言ってくるなら、父上に言いつけてやる)
だが、レイモンドはロバートの態度をそよ風のごとく受け流し、薄笑いを浮かべた。
軽蔑を含んだ笑みに、ロバートは怯んだ。
「聞きましたよ。エジンさまがロバートさまの家庭教師としてスイングラー家に入った初日、彼女に向かって盤と駒を投げつけたというではありませんか。大切な道具を『先生』に向かって投げつけるなんて、言語道断だと思いませんか」
「……」
ロバートは目を丸くした。まさかティナの話が出てくると思わなかったからである。
動揺して、反論しようと思ったが言葉が出てこない。
ロバートが返答に窮している間に、レイモンドは構わず続けた。
「お陰で盤と駒は壊れたそうですね。そのためクイーズリーさまはその日の夜中に買いに新しいものを買いに街へ出かけたとか。それに対して、一切あなたのお礼はなかったというではありませんか」
痛いところを突かれ、ぎくりとする。
ロバートはクイーズリーにお礼を言っていない。
しかし、言わなくていいと思っていたのだ。
自分はリブームをしたかったわけではないし、壊したものを次の日に間に合わせるように決めたのは父とクイーズリーである。
彼らが勝手にしたことにたいして、お礼を言う必要などないと思っていたのだ。
黙って聞いていたロバートに対し、レイモンドは畳みかけた。
「一方的にあなたが怒って盤と駒を投げて壊したというわりに、今の家庭教師には懐いていらっしゃるんですね。そうしたら今度は、一緒に出掛けたいとおっしゃる。家庭教師の行きつけの場所に行きたいというので、場所をお伺いしてみると都市地主が行くようなところではない――。これのどこが我儘ではないというのでしょうか?」
「……」
ロバートは閉口するしかなかった。何を言っても、レイモンドに言い負かされそうな気がしたからだ。
そして彼は妙に優しい声で言った。
「旦那さまもクイーズリーさまも、メイドたちも優しい。きっとあなたのしていることに目を瞑っていらっしゃるのでしょう。ですがスイングラー家で働く者として申し上げます。スイングラー家の品位を下げるようなことはされないでいただきたい」
(家の品位を下げること……。そんなこと言ったって……)
ロバートにとっては、家柄のことも品位のこともどうでもよかったのである。
母が亡くなり居場所がなくなったロバートを、父が助け出してくれたのは有難かった。
だが、共に生活することができたのなら、もっと早く「セレイアヌ」たちがいる場所から連れ出してほしかった。そうしたら、母は苦労しなかっただろうし、もっと沢山色んなことを話したり、遊んだり、出掛けたりすることができたはずだ。
そう思ったら、父が大事にしているスイングラー家の品位などどうでもいいし、自分に与えられた「スイングラー家の子息」という称号もいつ捨てたってかまわなかった。
ゆえに、クイーズリーのこともメイドたちのこともどうなろうと知ったことではないし、嫌われてもいいと思っていたのである。
だが、ティナと少しずつリブームを通してお互いのことを語っていくうちに、少しだけ、そう本当に少しだけではあるが「スイングラー家に来てよかったな」と思えるようになってきたのだ。
ティナだけは、ロバートのことを「スイングラー家の子息」ではなく、十五歳の少年である「ロバート」として見てくれる。
珍しい空色の瞳のことはもちろん、「セレイアヌ」にもかかわらず黒髪であることも気にしない。こんなのは、ロバートにとって初めてのことだったのだ。
だから、ティナのことを知りたくて休日の過ごし方を見たかった。
彼女がどこへ行き、リブームのほかに何に関心があるのかを――。
だが、それもレイモンドのせいでぶち壊された。
(折角……楽しい気分だったのに……)
ロバートは俯き、下唇を噛みしめた。
目頭が熱くなったかと思うとあっという間に涙が溜まり、木の床にぽたぽたと零れ落ち、雫の跡がじわりと残る。
それに気づいたレイモンドは、大きくため息をついた。




