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宝石の駒  作者: 彩霞
第一章

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第4話 初日

(この子は……)


「ティナ、私の息子のロバートだよ」


 ティナが、内心息をんでいる傍で、ヴィヴェルシュは自慢げに紹介する。

 よく見ると、浮いた前髪から見える生え際や、目の辺りの形が彼に似ていた。本当に血の繋がった子なのだろう。


「初めまして。ティナ・エジンと申します。明日より、坊ちゃんの『リブーム』の指導をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


 平然をよそおって挨拶をする。

 頭を下げていたので少年の表情は分からなかったが、感情のらない声で「……よろしく」というのだけは聞こえた。


 ゆっくりと顔を上げると、うつろな目でティナを見ていた。


 父親が勝手に用意した家庭教師に関心がないのだろうと思うが、ただの無関心とは違うような気もする。


 ティナはこれまで、依頼を受けて貴族の子どもに「リブーム」を教えることもあったし、近所の子どもに手ほどきをしてやることもあった。

 だが、こういった感情のない子は初めてである。

 

「それじゃあ、ティナ。明日から頼んだよ。盤と駒はこちらで用意するから、気楽にね」


 上手くできるだろうか――。

 そんな心配が胸をよぎったが、引き受けた以上は向き合わねばなるまい。

 ティナは深々と頭を下げると、ヴィヴェルシュの言葉に応じた。


「かしこまりました」


     *


 翌日の早朝、ティナは近所の宿泊施設から徒歩でスイングラー家の屋敷へ向かった。


 昨日同様、自分には不相応な慣れない訪問用のドレスを身にまとい、柱が石造り出てきた立派な門を通る。

 南に面した庭は、客をもてなすために隙なく手入れがされており、植樹された落葉樹から落ちた木の葉は庭師が常に目を光らせているのか、ほとんど片付けられていた。


 お陰で、手入れされた芝生の中に咲く、秋の白や淡い黄色、そして桃色といった優しい色合いの小さな花々は目立つ。

 だが、あまりにもきれいな庭にティナは興味が湧かず、すっと目を向けて通り過ぎた。


「ロバートさまは裏庭でお待ちです。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」


 メイドの一人に案内され、裏庭に行く。


 ロバートは裏庭が好きなようで、冷たい秋の北風が吹いて来るこの時期でも、外にいて日向ぼっこをしているらしい。昨日や今日のように晴れていたらいいが、くもりや雨の日だったらどうするのだろうか。


 ティナとしては室内で「リブーム」の指導をしたかったが、依頼主の子どもがそう言っているので最初は従うしかないだろう。徐々《じょじょ》にこちらの意向を伝えて、室内で指導させてもらおうと、彼女は思った。


 メイドについて行くと、昨日と同じ東屋あずまやのところにロバートが一人いる。彼は白い大理石でできた椅子の上に、柔らかそうなクッションを置いて座っていた。


「ごゆっくり」


 そう言って、メイドは数歩下がった。

 これから指導をするのに「ごゆっくり」と言われるのも変だなと思いつつも、ティナは静かに深呼吸をしたのち、ロバートに挨拶する。


「おはようございます。今日からよろしくお願いしますね――」


 愛想あいそよくしなくてはと思い、にこりと笑ったのもつかの間、東屋あずまやのテーブルの上に置いてあるばんこまにティナは目を疑った。


(これは……)


「リブーム」という盤上ゲームを教えるのだから、そこに盤と駒があって当然である。しかしテーブルの上にあったのは、見るからに普段使うものとは全く素材が使われていた。


(本物の大理石と宝石を使っている……)


 盤が白い大理石でできており、その上に美しい発色の赤や緑の宝石が置かれている。しかも、これらが「リブーム」の駒に見えるように、丸や三角といった形にカットされ、美しく研磨けんまされていた。


「リブーム」が遊びとして使われるときの盤は、大抵木盤だ。


 盤上には、縦七本、横七本の線が均等な間隔で交わるように、墨で真っ直ぐに線が引かれている。

 線で区切られてできたマスは、全部で三十六。


 その中に、白と黒の(正方形)(ひし形)(円形)(正三角形)(星形)の形に研磨された駒を置きゲームを進めて行くのだが、この駒も、大抵は木材を上記の形に切り出し、黒と白に色を染めて使う。

 時折、きれいな白い石や黒い石をきちんと研磨したものを使用している人もいるが、それですら高価なので市民は手が出せない。彼らが使うものは、ほとんど手作りである。もちろん、それで十分に事足りる。


 しかし、ロバートの目の前に置いてある盤と駒は次元が違っていた。

 遊ぶものではなく、鑑賞用に置いておくような代物しろものである。


「気が付いたみたいだね。気に入った?」


 はっとして顔を上げると、ロバートがテーブルに頬杖ほおづえをつき、にやにやと笑っていた。昨日の感情のない顔とは打って変わり、面白そうなものを見る目でティナを眺めている。


「……どういうことでしょうか?」


 ティナが努めて冷静に尋ねると、ロバートはゆったりとした声で言った。


「とぼけなくていいよ。それより、気に入った?」


「……素晴らしい逸品いっぴんであるのは分かりますが、これでは『リブーム』を教えることはできません。試合用の『リブーム』の盤と駒を用意していただけませんか?」


 問いを重ねてくるロバートに対し、ティナは姿勢を正してやんわりと言う。

 しかし、ロバートはティナが困っているであろうと思って楽しそうに眺めており、椅子から立ち上がると、ティナの顔色をうかがいながら、彼女の周りをゆっくりと歩き始めた。


「どうして? 欲しくなっちゃうから? それとも目移りして仕事にならない?」


(昨日は猫を被っていたのか……)


 きっと父親の前ではきちんとしていないといけないのだろう。

 そうでないと怒られるのか、文句を言われるのか。理由は分からないが、従順にしていたほうが面倒がないのは確かだ。


 しかし、それではロバートは面白くない。そのため、父親が雇った家庭教師を自分の立場を利用していびっているのだと思われた。


(昨日、スイングラー家の当主が「乳母が対応していたことで、家庭教師がちゃんと教育してくれなかった」と言っていたが、もしかするとロバートがいじめたり、突っぱねたりしていたのかもしれない)


 ティナは内心ため息をつきつつも、毅然きぜんとした態度で要望を伝えた。

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