第3話 少年、ロバート
「……もう少し、詳しくお聞きしても?」
ティナがヴィヴェルシュの様子を伺いながら、慎重に尋ねる。
「教える相手」が、雇い主とどういう関係なのかをできるだけ知っておいたほうが、今後起こるかもしれない問題を事前に気を付けられると思ったからだ。
しかし彼は、思いのほか特に気に障るふうもなく、あっさり事情を語った。
「彼の母親が少数民族の出身なんだ。ただ色々事情もあって、どうしても一緒には暮らせなくてね。ロバートと彼の母親が私の息子であり妻であることは、公には発表できなかったんだよ。彼の母親も望まなかったしね」
ティナは、なるほどと思いつつも、それを顔に出さず、ヴィヴェルシュの気持ちに寄り添うようにして静かにうなずいた。
「……きっと、大変だったのでございましょう」
「ああ。……君も知っていると思うが、少数民族の生活は厳しい」
「はい、存じ上げております」
セルディア王国には、複数の少数民族、そして少数部族が住んでいる。彼らが住んでいる地域は国境沿いが多い。それは彼らが隣国から追い立てられてセルディア王国まで逃げて来たというのが、大抵の理由だからである。
少数民族たちが元々住んでいたところから出てきたのには、それぞれ理由があろうが、セルディア王国の人々は、王国建国後に入って来たよそ者を嫌う。
そのため、少数民族たちの働き口はあまりない。雇ってくれるところがないのだ。
あるのは、人がしないような仕事、もしくは娼婦や男娼といった、体を売るようなものばかりである。
特に娼婦や男娼は需要がある。
少数民族の見目はこの国では珍しい毛色、目の色をしている者が多いため、それを目当てに客が来るからだ。
時には、高値で取引もされるため、家族が生きるために、誰かを売ることもある。
それが嫌なときは、盗みを犯す。捕まったら最後、収容所から出られる可能性は極めて低い。それでも家族や知人を売るよりいいと思っている。
彼らは生きるために、毎日必死なのだ。
「だから母親には以前から資金の支援はしていたんだが、どうやら使っていなかったらしい。母親は無理がたたって亡くなり、ロバートが一人残されてしまった」
ヴィヴェルシュが、どういう気持ちで少数民族の女と体を重ねたのかは知らないが、ティナは彼の話を聞きながら、自身の昔の雇い主をちらと思い出していた。
美しい女が好きで、幾人の女を壊していった男のことを――。
「それで、当主さまがお引き取りになったのですね」
ティナの静かな言葉に、彼はしみじみと「ああ」とうなずいて言葉を続けた。
「あの子を厳しい生活に置いておくなどできなかったからね。ただ、引き取った時期が悪かった」
「時期?」
「いや、年齢……といったほうがいいのかな。ロバートが我が家に来たのは、彼が七歳のときだったんだよ。ずっと母親と二人で暮らしていたからか、私のことを父親だと認めてくれなくてね。だから別の屋敷に長男の乳母をしてくれていた者に世話を任せていたんだ。たが、ここで生活させていることで、また不都合があった。乳母だけに対応させていたのが裏目に出てしまったんだ」
「裏目、ですか?」
「ああ。ロバートはスイングラー家の元で生活させていたから、教育をさせようと思って家庭教師たちを頼んでいたんだよ。だが彼らが屋敷を訪問すると、乳母が彼らの対応するものだから、スイングラー家の子だとは思わなかったようでね」
「もしや、『乳母の子』だと家庭教師たちが勘違いしたということですか?」
「そういうこと。それであまり勉強ができない子になってしまった。私はこのままではいけないと思って、籍をスイングラー家に正式にいれることにしたんだ。ただ、長男にも相談して、養子縁組ならいいんじゃないかってことになって、庶子としては登録せず、養子にすることにしたんだ」
「そうでございましたか」
「それから、恥ずかしい話、私とロバートとの関係はあまり上手くいっていなくてね。仕事で家を空けることが多いというのもあるんだが、中々ロバートに構ってやれないんだ。そのせいか、ちょっと荒れ気味でね」
「……あの、私ができることは『リブーム』の指導だけです」
ティナは、遠慮がちに、しかしすかさず自分ができることを改めて提示した。
もし「息子の勉強を見てくれ」「改心をさせてくれ」などと言われたら、大変なことになると思ったのである。先手を打つことは大事だ。
すると、仕事を断られると思ったのか、ヴィヴェルシュが慌てて弁明した。
「もちろん、分かっているよ。それで十分だ。あの子は、『リブーム』が好きみたいなんだけど、やってくれる相手がいないもんで、つまらなくしている。だから、君に相手になってもらえたらなと思うんだ」
「そういうことであれば……」
ティナが答えると、ヴィヴェルシュはほっとした表情を浮かべる。
「よかった。——さてと……、話が終わってすぐで悪いんだが、さっそくロバートに会ってもらいたいんだけどいいかな?」
「はい」
「じゃあ、私に付いて来て。実は外で待たせているんだ」
ヴィヴェルシュがさっとソファから立ち上がったので、ティナもドレスの裾を持ち挙げながらそっと椅子から立つ。
ちらっと、テーブルの上に残されたカップを見たが、すぐに目を逸らす。
(折角入れてもらったお茶だったのに、一口も飲めなかったわね……)
*
ヴィヴェルシュに案内されたのは、屋敷の裏庭である。
植樹された落葉樹が、赤や黄色に染まっていて美しい。所々には、秋の花も植えられており、そこには秋の午後の暖かさに誘われれて、蝶々や蜜蜂、羽虫などが集まっている。
(広い……)
後ろからはクイーズリーがついて来ているので、ティナはできるだけきょろきょろしないようにしていたが、屋敷の裏庭の広さに驚いていた。建物が大きく南に面しているため、日差しが入って来ないかと思ったが、全く影にならない場所も半分以上ある。
建物の入り組んだところで見えないところも含めると、小さい公園くらいありそうだ。
暫く裏庭を歩くと、白い大理石でできた東屋が見えてきた。すると、ヴィヴェルシュが大きい声を出して「ロバート!」と息子の名を呼んだ。
人の気配を感じなかったため、「本当にそこに人がいるのだろうか」とティナは思っていたが、東屋に近づくと中央にあるテーブルと周りに置いてある同じく白い大理石でできた椅子の間から、すっと一人の少年が立ち上がった。
「こちらに来なさい」
ヴィヴェルシュの指示に従い、少年が東屋から出てくると、少し離れたところに立ち止まった。
毛糸の襟巻きを付け、黄色がかった茶色のコートを羽織った少年は、柔らかそうな黒髪に、空色をした美しい瞳をしている。
色の付いた瞳を持つ貴族はいるが、空色をしている瞳は見たことも、話しに聞いたこともない。
見ただけで、少数民族の血を引いていることが分かる容姿だ。
さらに瞳が大きく、鼻がすうっと通り、薄い唇をしている。端正な顔立ちの中には、子どもにもかかわらず何とも言えない引き込まれるような妖艶さが秘められているようだった。




