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宝石の駒  作者: 彩霞
第一章

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第2話 異名

「ロルディに到着したのは昨日だと聞いたが、不自由はないかな? もし、何か必要なものがあれば、いつでも言ってくれ。私がいなければ執事のクイーズリーでもいいし、使用人たちに言いつけてくれていいからね」


 ヴィヴェルシュは目元にしわを寄せ、柔らかく笑って言った。


 スイングラー家は、ロルディにいくつもの宿泊施設を持っているようで、特に地方から出てきた商人たちに利用されている。そのうちの一室を、ティナは無償で貸し与えられていた。


 彼女は恐縮する。


「いいえ、不自由なことなど一つもございません。私にとっては身に余る待遇でございます」


「いやいや、君が『難しい』といったところを無理に頼んでしまったからね。部屋を与えているとはいえ、自宅を離れ、働いていた仕事も一旦辞めてもらって一年間お願いするわけだから、これくらいは当然のことだよ。報酬もね、ちゃんと君の言い値で支払うから安心してくれ。何なら、色を付けたっていいくらいだ」


 ヴィヴェルシュの申し出に、ティナはさすがに恐ろしくなって頭を下げた。


「スイングラーさま、これ以上はどうかご勘弁を……。いただいた報酬に見合う働きができるかはまだ分かりません。報酬は私の指導をご覧になったのち、ご判断いただきたく思います」


「しかし、断るつもりでいたからこそ、提示した金額だったのではないかな? 君が働いていた店の給与で換算したら、二年分の給与をひと月で得られるくらいの金額だと僕は判断したけどね」


「それは……」


 彼の言う通りである。出せないと思ったからこそ、高い報酬を提示したのだ。


 ティナは、ここへ来る前、ロルディより西へ一つ街をへだてたところにある、アドリスの街でウエイトレスとして働いていた。


 店主や店で働く仲間はいい人たちだったし、給与も十分にもらっていた。だからこそ、この給与の金額を基準に高値を吹っ掛けたのだ。


 自分が仕事を頼む側だったら絶対に払わないし、高貴な人ならもっと払いたくないだろう、と思ってのことである。


 だが、ヴィヴェルシュの回答は、ティナの予想に反した。

 彼は迷うことなく、その報酬を「支払う」と言ったのだ。


 その上、信用してもらうためにと手付金まで寄こしたのである。もちろん、ドレスとは別だ。


 ここまでされては、ティナも報酬額を提示した以上引き受けるしかない。


「すまない、意地悪なことを言ってしまったね」


 申し訳なさそうにヴィヴェルシュが言うので、ティナは首を横に振った。いや、振るしかなかった。


「……そんなことは」


 クイーズリーがお茶を用意し終えたのか、テーブルの上にはお茶が用意されている。白い陶器の茶器からは、ふわりと立ち上がる湯気に混じり優しい香りがした。きっとこれも高価な茶葉に違いない。


「だけど私は、本当に運が良かったと思っている。まさか闇に消えたという『盤上の王』に会えるとは思ってもみなかったからね……」


「……昔の話です」


 ティナには、表の生活では隠している肩書きがある。

 その名は、「盤上の王」。

 彼女は、セルディア王国に存在するとされる闇取引、通称「オウルス・クロウ」のゲームの取り引きで、負けなしで去ったとされる、伝説の王者なのだった。


「ティナ、君を雇うときに先に言ったけれど、『リブーム』の指導をお願いしたい」


「リブーム」とは、盤上ゲームの名だ。またの名を「宝石遊び」と言いい、現在のセルディア王国では子どもから大人まで楽しめるものとして広く知られている。


 元々は、地方に住む商人たちが、都市にいる商談相手との時間までを適当に潰すために考案されたものだった。


 そののち市民の間でも流行したのだが、使うこまに「宝石名」が付いていることもあってか、上流階級の間にも広がり、今では「リブーム」ができることが社交界のたしなみの一つとなっている。


 よって貴族や都市地主たちは、公子や自分の子どもたちに「リブーム」を教育させるために家庭教師をつけることも多い。


「かしこまりました。どなたを指導すればよろしいでしょうか?」


 ティナは静かに尋ねた。

 だが、ある程度は予想は付いている。スイングラー家の当主が頼むのだから、彼の子どもであろうと思った。


「僕の息子に指導をお願いしたい」


 思っていた通りだったが、そのあとにヴィヴェルシュが付け加えた。


「次男のロバートさ。十五歳」


「次男の、ロバートさま……」


 ティナは、スイングラー家の家系図を思い出す。


 セルディア王国では、貴族を始め、都市地主や資産家などは、町役場に行くと系譜を見せてもらうことができる。そのため、ティナはこの仕事に就く前にあらかじめ見て来たのである。

 しかし、そこにはヴィヴェルシュの子の中に次男の記載はなかった。


 すると、ティナの疑問を見透かしたように、彼は「次男」に補足した。


「そう。半年ほど前に養子縁組をしていて、我が子となったんだよ。だから多分、役場の系譜には反映されていないかもしれない」


「そうでございましたか」


 貴族はほとんど養子縁組はしないが、資産家や都市地主、または商人などは比較的養子縁組は寛容である。


 貴族は、長子相続の法というものがあり、基本的に長兄が相続することになっている。

 血を重視する地位であるため、養子縁組をしても王家が認めなければ貴族は養子に爵位敬称の権利は生まれないし、長男以外の長女、次女、次男などは財産分与もされないからだ。


 一方の資産家たちは、相続に関して王家の介入もなければ、法律も貴族よりもゆるいため、養子にも財産分与も行える。


 ゆえに、スイングラー家の当主が養子を取ったのは不思議でも何でもないのだが、彼の長男は成人し、すでに社交界入りしていたはずである。「子どもが一人で寂しいだろうから」という理由で養子を取るならまだしも、成人の息子が一人いるのに養子を取った時期に疑問があった。


 すると、察しがいいのか、疑われることが嫌なのか、ヴィヴェルシュは自ら告白した。


「……いや、君には本当のことを言っておこう。気になって仕事の支障になったら申し訳ないからね。実はロバートは、私と血は繋がっているんだ」


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