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宝石の駒  作者: 彩霞
第一章

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第1話 その主婦、都市地主に雇われる。

 セルディア歴 二八〇年、秋——。


 昼下がりの日差しが入り込む部屋でティナはソファに座り、この屋敷のあるじが来るのを一人で待っていた。


(落ち着かない……)


 部屋は豪奢ごうしゃな造りで、カーテンや絨毯じゅうたん、テーブルに至るすべてのものに意匠がらされた素晴らしい逸品いっぴんである。ティナが座っているソファも、黒地に金色の糸で見事な花の刺繍ししゅうがされた上等なものだ。

 ただし、どれもこれも彼女の身の丈には高すぎるものばかりである。


(本当は、この仕事を断るはずだったのに……)


 ティナは、小さくため息をついた。


(お金がある人に、私の感覚で高額報酬を提示しても無駄だったわね。払えるに決まっているじゃない。全く、私も馬鹿になったわ……)


 キュッと握った両の手には、礼装手袋が付けてある。


 ひじよりも長いこの手袋は、上等な絹の生地で作られており、ティナが着ている、落ち着いた意匠の黒色のドレスに合わせてあった。彼女の年齢が中年であることを考えて、露出ろしゅつは極力なくし、内面の美しさがにじみ出るようなものにしてあるらしい。


「らしい」というのは、依頼主が、彼女のために特別にあつらえたものだからだ。仕事を引き受けてくれたお礼ということで、贈り物として与えられた。

 しがない庶民のティナには、己を着飾るためだけに大金をはたけるほどの余裕などないため、ただただ驚くばかりである。

 

 一方で、ティナはこういったものをもらうつもりはなかったので、丁重に断ろうとした。着飾るような身分ではないし、そもそも持っていたところで着て行く場所もない。

 そう思っていたのだが、依頼主から「普段の格好で我が家に出入りしたら、君の素性がバレるのでは?」と、痛いところを突かれてしまった。言い換えれば、「うちに来るときに着てくればいいじゃないか」ということである。

 ぐうの音も出なかったティナは、結局与えられたドレスを身にまとって、訪問せざるを得なかったのである。


 どれくらい待っただろうか。


 窓の外で鳥の鳴く声が聞こえたとき、それと同時に廊下のほうに人が来たのか、少し騒がしくなる。


 ティナがドアのほうを見ると、客間のドアがノックされ、素早く扉が開いた。


「待たせて悪いね」


 そう言って入ってきたのは、この家の主人と執事である。

 主人のほうはすらりと背の高い人で、鼻と口の間にある美しく整えられたひげが印象的だ。


 ティナは、さっとソファから立ち上がると、両手をへその辺りにそろえてこの屋敷の主人に軽く頭を下げる。


「とんでもございません。スイングラー当主さま。ティナ・エジン、参上(つかまつ)りました。この度はご縁がありまして、こちらに参ることができましたこと、心より嬉しく思います」


 スイングラーといえば、セルディア王国の首都ロルディの中でも指折りの都市地主だ。彼はその当主、ヴィヴェルシュ・スイングラーである。


「都市地主」とは資産家のことで、貴族とは違い、王家から下賜かしされた土地もなければ、爵位もない。


 だが、彼らには潤沢じゅんたくな資金と資産がある。


 特に「都市地主」と言われるのは、ロルディなどの都市で「没落ぼつらくした貴族が手放した土地」を購入し、買った土地の運営が上手くいった者たちのことを指す。


 貴族の土地は、本来王家のものだ。

 そのため、法律では王の手元に戻すのが正当な筋となっているのだが、土地を売ってしまう貴族が後を絶たない。それもこれも、大きくふくれ上がった借金の返済にてるためだ。


 売買されてしまったものについては、王家も横から口出しはできない。


 取り戻すには、買った者と契約書を交わし、お互いが納得する金額で取引をしなければならず、国の予算を考えると、そのようなことにお金を割いている余裕はないのだ。


 税務署が貴族の収支の確認をきちんと把握していれば、防衛線を張ることも可能だろうが、対策を取っても職員が賄賂わいろを受け取ってしまうのが現状である。


 この堂々巡りは中々終わらず、セルディア王国の腐れた部分となっていたが、都市地主は買ったロルディの土地に宿泊施設や定額住居などを展開して、さらに収入を得ている。

 富める者はさらに富むとはこのことで、ヴィヴェルシュ・スイングラーもその一人だ。


 ティナの挨拶に対し、ヴィヴェルシュは優しい声で言った。


「顔を上げてくれ、ティナ。全く君は……、本心からここへ来たいと思っていたわけではないだろうに、無理して格式ばった挨拶をしなくてもいいんだよ」


 内心を言い当てられぎくりとしたが、ティナは努めて平静をよそおった。


「……いえ、そんなことはございません」


 すると、ヴィヴェルシュが笑った。まるで少年のようである。


「ははは、そうか。そういうつもりで来てくれたんだね、ありがとう」


「……」


「まあ、そう硬くならないで。まずは座っておくれ。ちょっと話そう。——クイーズリー、お茶の用意を」


「かしこまりました」


 ヴィヴェルシュが指示すると、彼の後ろ立っていた執事のクイーズリーは一度廊下に出て、茶器も持ってくる。入ってくる前に用意していたのだろう。

 彼がお茶を用意している間に、ヴィヴェルシュは話を進めた。

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