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宝石の駒  作者: 彩霞
第一章

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第5話 最初の勝負

「もう一度お願い申し上げます。ばんこまを使いやすいものに替えていただけないでしょうか」


 するとロバートは、真顔でじっとティナを見た。

 空色の瞳のせいなのか、それとも彼の白い肌のせいなのか、酷く冷たい印象である。その一方で、美しい瞳の奥には、大人を上手く制御できないことへの苛立いらだちがティナには見えた。


「質問に答えてよ」


 彼は威圧感のようなものを出して、中々動かないティナを動かそうとしている。


(質問、ね……)


 彼女にしてみれば、ロバートに「リブーム」を教えることが仕事である。とにかくそれさえできればいいと思い、「理由の一つ」を彼に言った。


「これを使って万一壊してしまっても、私には弁償べんしょうすることができないからです」


 すると、ロバートはつまらなそうに唇をとがらせる。


「ふぅん。……まあ、それは分からないでもないけどね」


「でしたら、替えていただけますね?」


「嫌だね」


 あくまで自分の考えや行動を変えるつもりはないらしい。

 ティナは目をせ、少し間をおいて考えてから、別の方法を取ることに決めた。


「……そうですか。それなら他の方に取り替えてもらうようお願いいたします。そもそも、ロバートさまのお手をわずらわせることではありませんでしたね。申し訳ありません」


 ティナは愛想笑いをしたのちきびすを返すと、近くのメイドに視線を向け「すみません」と、声を掛けようとしたときだった。

 突然左手首をぎゅっとつかまれる。振り返ると、ロバートが奇妙な笑みを浮かべ、黒い毛糸の手袋を掛けた手で、彼女の手を掴んでいた。


「待ってよ。これは僕が用意したものだよ? それをメイドに片付けさせるわけ?」


「そうなりますね」


「いいのかなぁ、そんなことをして。父上がこのことを知ったら、片付けたメイドがしかられちゃうんじゃないかなぁ。それとも、『先生』はそういうことを気にしない人?」


 ロバートはどうやっても彼が用意した大理石でできた盤と、宝石でできた駒を使って指導をさせたいらしい。

 ここから分かることはただ一つ。彼は、ティナを困らせた上で、おとしめたいのだ。

 ティナは自分の手を掴んでいるロバートの手をじっと見ながら、「分かりました」と答えた。


「分かってくれた?」


 ようやく思い通りに動くと思ったのだろう。ロバートがほっとした表情を浮かべたとき、ティナは次のような提案をした。


「でしたら、お互い服を脱いでいたしましょう」


 二人の間にひゅうっと北風が通り抜ける。


 しばらくロバートは何を言われているか分からず、きれいな顔でぽかんとしていたが、意味が分かると馬鹿にするようにして「……は? 何て言ったの?」と聞き返した。


「『お互い服を脱いでいたしましょう』と申しました」


 淡々と同じ言葉を繰り返すティナに対し、ロバートはぎゅっと眉を寄せてすぐに聞き返した。


「何で」


「あとでロバートさまに、『先生が宝石でできた駒を盗んだ』と言われるのは御免ごめんだからです。裸で行えばそれも問題ないでしょう。どこにも隠しようがないですからね」


 ティナがそう言った瞬間、ロバートは面食らった顔をした。


(やっぱり。そういうつもりだったのね)


 彼はティナに「リブーム」の宝石でできた駒を盗ませたように見せかけ、犯人に仕立て上げようとしていたのだ。


 そうすれば、ティナは盗人として警官に捕まり、二度とここへは戻ってこれない。貴族や都市地主といった地位や資産を持っている家で盗みを犯した場合、罪が重くなる傾向にあるため、長い間牢屋に入れられ、仮に社会復帰したところで家庭教師という信頼がものをいう仕事にはけない。


 彼はそれ分かっていて、ティナを追い出したいのだ。それも、父親が納得する方法を使って。


(よっぽど家庭教師が嫌いなのか、それとも父親にそむきたいのか……)


 ティナがロバートの次の出方を伺っていると、彼は開き直って言った。


「ふんっ。僕の考えを当てたことは認めてやる。だが、あんたの提案に乗る気はないね。やりたかったから、あんただけやれよ」


 これでどうだ、と言わんばかりの顔である。

 しかし、ティナはこの程度のことで動揺などしない。


「そういうわけにはまいりません。たとえ私が脱いでいようとも、ロバートさまがこれらの宝石を服にお隠しになって、『宝石の駒がなくなった』と騒げば私のせいにできますからね。それに勝負というのは、基本的にお互い対等なのです。どんなやり方であれ『リブーム』を使って私を追い出そうというするなら、正々堂々と勝負をなさいませ。そして負ける覚悟も持っていどむべきです。これまで何人の家庭教師たちを追いやったのか存じませんが、私はそう簡単ではございませんよ」


「……っ!」


「どうされます?」


「だったら、クビにするぞ……!」


 出す札がなくなったのか、ロバートは苦しまぎれに最終手段を出した。駄々をこねる権力のある子どもがよくやる手段である。

 ティナは初夏に吹く、夏の風のようにさらりとかわした。


「いくらでもおっしゃってくださって結構。私はいつ辞めても構いませんから」


「何だと……!」


もっとも――」


 ロバートが次の言葉を口にする前に、ティナは言った。


「ロバートさまにはその権利はないはずです。私を雇ったのは、ヴィヴェルシュさまですからね。それでも辞めさせたいのであれば、お父上にでっち上げた事実を報告するのではなく、ロバートさまが追い出したい本当のお気持ちをお話になって、私をクビにしてくださいませ。ただ一つ申し上げるなら、お父さまはロバートさまに『リブーム』を教えるためだけに、私を別の町から連れ出してきたのです。その気持ちだけは少しばかりでもいいので考慮くださいませ」


 すると、急にロバートの表情から不機嫌さや、苛立ちが消え、代わりにティナの状況にほんの少しばかり興味が出たような顔つきになった。

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