第39話 「赤い宝石」
「『カーバンクル』?」
「ええ、古い言葉で『赤い宝石』という意味です。つまりこれは『赤い宝石のような、赤い色のインク』ということですね」
「へえ。きれいな色なのか?」
「うーん、どうでしょう」
ティナは肩をすくめると、インク入れを元の位置に戻した。
「何で、『どうでしょう』なんだ? 宝石の名前がついているんだろう? きれいな色なんじゃないのか?」
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。色の名前というのは、できるだけ印象のいいものをつけるので実際の色と即しているかというと何とも……」
「どうして実際の色と即していないんだ?」
ティナは少し考えながら答えた。
「聞いた話ですから私も詳しいことは知らないのですけど、色は買い手が欲しがる名前を付けるのだそうなのです。持っていて、嬉しくなるような色の名前を」
「そういうもの?」
「『きれいな名前の色を買った』と思ったほうが、素敵じゃないですか。例えばですけど、これは赤色だから……そうですね、『血色のいい頬の色』という名前のついたインクをロバートさまは買います?」
「うーん……」
ティナに聞かれ、ロバートはついメイド長を思い出してしまう。彼女だって人なのだから「血色のいい頬の色」をするときはあるだろうが、その色がインクになっているのは買いたくないなと思った。
「それは確かに……買わないかもしれない」
「では、『赤ちゃんの頬の色』とかでしたらどうでしょう?」
今度はセレイアヌにいたときに、赤ちゃんを見せてもらったときのことを思い出した。頬が薄紅色をしていて、きゃっきゃっと無邪気にロバートに手を伸ばしてくる。それは心和むようなひと時だった。
「どうだろう……、いや、ちょっとかわいいと思うかもしれない」
ロバートが答えると、ティナは微笑んだ。
「でしょう? それと同じように、インクの色の名前っていうのはイメージなんです。ですから『カーバンクル』という名前だからって、実際に使ってみなければ自分にとって素敵な色かは分からないのです」
「はあ、なるほど……」
「……と、色々言ってしまいしたが、実を申しますと私はこういう変わったインクを使ったことはないんです。ただインクを作っているところによっても、同じ『カーバンクル』という名前で商品を出していたとしても微妙に違うようですから、使ってみて自分のお気に入りを見つけると良いかと思います。高価なので商品を比べてみることは庶民にはほとんどいませんけど、ここなら安く手に入れられますからね。ですから、案外需要があるんです」
「そっか……」
「ええ」
「それにしても、あんたがインクのことまで詳しいなんて知らなかった。すごいな」
ロバートが心からそう思って言うと、ティナは苦笑する。
「年の功ですよ。ロバートさまだって、これから色んなことを覚えて行きますよ」
そう言われたが、ロバートはしっくりこなかった。本当に色んなことを覚えることができるのだろうかと思ったのだ。
ティナは、リブームが好きで練習していくうちに強くなった。そして「強者」として認識されている。
彼女は「強者」と思われていることは嫌なようだが、ロバートのところに家庭教師に来ているのは、「誰かに何かを教えられる価値のあるもの」を持っているからであろう。
自分は、スイングラー家の中に真綿のようにくるまれて「価値」のあるようにされているが、それは「スイングラー家当主の子ども」というだけのことである。ロバート自身に価値はない。
ゆえに、果たしてそれでティナのように「色んなことを覚えて行く」ことができるのかが甚だ疑問だった。
「……そうかな?」
「ええ、きっと」
疑いの余地もないように、ティナが笑う。
ロバートはその様子を不思議そうに眺めた。
「どうかなさいましたか?」
「……ううん、何でもない。それよりリブームのものはここにはないの?」
「こちらですよ」
彼女に案内されて、出入り口から見て店の右奥のところへ行くと、リブームの盤や駒がずらりと並ばれていた。
ロバートは、台座の上に置かれてあったものをまじまじと見る。台座は彼の腰の辺りの高さなので、とても見やすい。また花の刺繍のされた布の上に商品が置いてあるため、リブームの商品価値が高いことを窺わせた。
「思ったより沢山ある……」
リブームの盤と駒のセットはもちろん、駒の箱が入ったもの、また単品の駒などが置いてあり、それが右隣の台座にも続いている。
インクの商品を見ていたときはここまでの数はなかったので、ロバートはリブーム関連の商品の多さに驚いた。
「リブームはこの国で人気の盤上ゲームですからね。色々な商品があって、皆こういうところで、より良い物を買い求めるんですよ」
少し屈み、ロバートと目線を合せたティナがそう言った。
「じゃあ、ここで売って、ここで買うのか?」
「そういうこともあります」
「へぇ……、あれ?」
視線を動かしてリブームの盤や駒を見ていたロバートは、ふと、ある商品に目が留まった。




