第38話 古物商の「ハリル」
「楽しくなかったのですか?」
ティナは、ロバートの顔を遠慮がちに覗き込む。何となくだが、心配している感じがした。
ロバートはちらっと彼女のほうを見ると、小さくうなずく。
「うん……」
「そうですか」
「……」
その日は、ロバートの誕生日だった。
だから父は「出掛けよう」と言ってくれたのだろう。普段忙しくて、息子に構っている時間のない人である。それはロバートがスイングラー家に来たときから分かっていたことなので、誘われたときは「誕生日を覚えていてくれたんだ」と嬉しくなった。
だが、父と出掛けてみると想像していたものとは全く違っていた。
次々と店を移動したので、どういうところなのかじっくり見る暇もない。これが上流階級の「誕生日」に行うことなのかもしれないと思えば仕方がないとも諦めもついたが、父が訪ねたところは全て知人の店で、それもロバートがスイングラー家の本邸に来た際に、彼のことを息子として紹介した人々のところだったのだ。
ロバートは悟った。父は彼らの家に、ロバートが十五歳の誕生日を迎えたのと同時に、スイングラー家に集まってお祝いをしてくれたことのお礼として訪れただけだったのである。
息子がどう思うかは二の次。
そのため、ロバートにとっては全く楽しくなかったのだ。
「今日行くところも、もしかすると楽しくないかもしれません」
ロバートが黙っていると、進行方向に顔を向けたティナがそう言った。気を使っているのか、それとも期待する気持ちを下げて置いたほうがいいと思っているのか、それとも別に理由があるのかはよく分からない。
だが、今日に限ってはどれもロバートには関係のないことだった。
「……でも、あんたは面白いと思ってお店に行くんだろう?」
ロバートは尋ねると、ティナは彼のほうを見てうなずいた。
「ええ、まあ……そうですね」
(それでいいんだ)
自分が面白いものを見たいんじゃない。
ティナが何に対して面白いと思うのかを知りたいだけなのだ。
ロバートはふっと笑う。
「別に面白いかどうかなんて期待してなんかいないさ。ちょっと行ってみたかっただけなんだから」
「……そうですか」
ティナはどこか腑に落ちないような顔をしていたが、そのうちに目的のお店に辿りついた。
「着きました」
レイモンドが馬車のドアを開けてそう言ってくれる。ロバートが帽子を被ると、ティナから順番に馬車を下りた。
「ここ?」
「はい」
「へぇ、こういうお店か……」
帽子が落ちないように気を付けながら、北側に出入り口を構えた店を見上げる。古物商らしく、古びた木造の建物で二階建てになっていた。一階の屋根の上には、店の名前である「ハリル」の看板が下げられている。
ただ、客が出入りするところはガラス戸になっているため、出入り口の辺りは明るい印象だった。幸い道の向かい側の土地がちょっとした広場になっており、建物がないため日の光が十分に入ってくるようになっているらしい。
ロバートが「ハリル」の外観をまじまじとみていると、乗って来た馬車が動き出した。そしてそのまま西のほうへ去ってしまう。
(え……?)
ロバートが心配そうに見ていると、気づいたレイモンドが説明した。
「この通りは狭いので、大通りのほうで待機してもらうことにしているんですよ。お帰りになる際は、私が呼びに行きますのでご心配なく」
「それならよかった」
「では、入りましょうかね」
「うん」
レイモンドが店の中に先に入り、安全を確認してからロバートを招き入れる。ティナはその後ろにくっついてくるように入ってきた。
「意外と暗い……」
ロバートはきょろきょろと辺りを見回したあと、ティナにそう言った。
「まあ、そうですね。出入り口付近は明るいですが、奥に行くと暗いんですよ」
「へぇ……」
朝の早い時間だが、すでに客が何人か入っているようで、品物を吟味しているようだ。ロバートも早速近くにあるものから見てみることにした。すると、本当に色んなものがあることが分かる。
陳列棚には子どもから大人の服もあれば、ランプや人形、造花、髪の装飾品、指輪や首飾りもある。そういう細かいものもあれば、振り子時計やソファ、クッションといった家具も置いてあった。
さらに、途中まで使った装飾のある蝋燭、中途半端な量のインクが入った瓶もある。こんなものとを買う人がいるのだろうか。
「何でもあるんだね」
「そうですね。食べ物以外なら取り扱うのではないでしょうか」
うなずくティナに、彼は自分の目線より少し下にある陳列棚に置いてあった、中途半端なインク入れを指さして言った。これはタグが付いていて、「半分くらい入っています」と記されてある。
「変なものもある」
すると彼女はくすっと笑う。
「そうですね。でも、案外需要があるんですよ」
ロバートはティナを見上げて目を丸くした。
「中途半端な量のインクしか入っていないのに?」
「色が珍しいものもあるのですよ」
「そうなの?」
「はい。普通手紙を書くときは黒や青を使うのですが、変わった色を使いたい方もいらっしゃるようで、赤とか黄色の使い残りがここでは売られているんです。多分、最初は高貴な方々がお買い求めになったのでしょうけれど、『もう、使わないから』と売ったのかなと思います。赤や黄色のインクは高いですからね」
「どうして?」
「使う人が少ないので、商品が少ないんですよ。作り手も少ないのです。ですから、商品価値が上がって高くなります。そして高貴な方々は物珍しさで買うのです。でも、全部は使い切らなかったから、ここに売るんです。そうすると今まで赤や黄色のインクに興味があったけれども高くて買えなかった人たちが買えるようになるってことですね」
「ふーん」
ティナは彼が指を指したインク入れを手に取ってみる。瓶は黒く塗られているので、どういう色かは分からない。
彼女はそれをくるっと回して裏のほうをみると、「これは『カーバンクル』って書いてありますね」と言った。




