第34話 休暇の過ごし方
ティナは目を瞬かせたのち、「……え?」と聞き返した。聞きなれないことを耳にしたので、聞き間違ったと思ったらしい。
そのため、ロバートはもう一度ため息交じりに言った。
「……だから、『休日は何をしているんだ』と聞いたんだ」
「……そうでしたか」
聞き間違いではなかったと分かったようだが、どうしてそのようなことを聞かれるのかまでは分からなかったためか、彼女は不思議な顔をして続けた。
「これといって、何かをしているわけではありませんけど……」
「何もしていないと?」
「ええ、特には」
「……」
ティナの回答の意味は「話したくない」ということだろうか。それとも「話すようなことではない」ということだろうか。
どちらにしても気に入らない。
ロバートはむすっとする。
「つまり、俺に言いたくないってことか?」
ロバートの質問に、ティナは慌てて言葉を添えた。
「本当に大したことはないのですよ。ただ外を散歩して、少しお店を回って帰ってくるだけでございますから」
先ほどよりも話の中身が詳しくなる。
どうやら話したくなかったわけではなく、「家庭教師の休暇など聞いてもつまらないだろう」と考えて、遠慮して話さなかっただけのようだ。
それが分かると、ロバートは気を取り直して彼女の休暇について尋ねた。
「どこの店に行くんだ?」
スイングラー家の家庭教師をしているのだ。給金はたんまりもらっているに違いない。そのお金で何を買うのか、ロバートはわくわくして答えを待つ。だが、返答は意外なものだった。
「古書店や古物商です」
「こしょ、てん……?」
久しぶりに聞いた種類の店の名前に、ロバートは目を見開く。
母と「セレイアヌ」のところで暮らしていたころは、古書店や古物商を利用する者もいたので、どういう場所かは知っている。そして、古書店のほうはロバートが「行ってみたい」と思っていた場所だ。
子どものころ、母が仕事の合間に文字の読み書きを教えてくれ、「本を読んだら、もっと色んなことが分かるわ」と言っていた。そのため、「本」というものを読んでみたいと思っていたのだ。
もちろん、母だけの収入で本を買うことはできない。古本でも難しい。
では何故母が本のことを知っているのかというと、前に仕事先で読ませてもらうことがあったのだそうだ。
お客に勧められるままに読んでみたところ、あまりにも面白くて仕事そっちのけになってしまった。怒られるかと覚悟したが、偶々その客人が優しい人だったらしく、「また読みにおいで」と言ってくれたのだという。
母がまたその客のところに行ったのかは分からないが、その話を聞いて以来、ロバートも読みたくて仕方なかった時期があったのだ。
しかし、母が亡くなり一人ぼっちになったあと、その意欲があったことすら忘れてしまっていた。父がロバートを迎えに来て、スイングラー家に迎え入れられると渇望した本が山のように置いてあったのに、全く魅力を感じなくなってしまっていたのである。
ロバートにあてがわれたこの部屋の本棚にも、びっしり本が詰まっている。
だが、読みたいと思ったことは一度もない。手に取ったこともなかった。
きっと、「本を読みたい」という気持ちは、母がいなくなったのと同時に消えてしまったのだろう。
それ以来、古本屋というものは耳にしたことがなかったし、古物商も幼いときは古着を買うときに利用したことがあったが、スイングラー家では服は新品のものしかない。そのため、自分から縁遠い存在になっていたのである。
「……古いものを扱っているお店だよな?」
ロバートが確認するように尋ねると、ティナはうなずいた。
「そうです」
「古本屋や古物商がロルディにもあるのか? 金持ちばっかり住んでいる土地なのに……?」
セルディア王国の首都ロルディは、主に土地地主や金持ちの商人たちが住む土地である。そのため、古い物を扱っている店などないと思っていたのだ。
それに対し、ティナは苦笑する。
「ロルディは確かにお金持ちが沢山住んでいますが、貧しい人たちもいるんですよ。そして、そういう人たちが出入りする古書店もありますし、お金持ちたちが出入りするような古物商もあるんです」
「そうなのか?」
「ええ。珍しい物が商品として置かれていることがあるんですよ。そういうものは珍品として扱われるので、高価なのです」
「あんたが行くところもそういう古物商なのか?」
「私が出入りするところは、お金持ちではない者が利用するお店ですよ。新品で買うと高いものが、一度使われた品なので安く買えるというところです」
「ふーん。店に行って、何を買うんだ?」
「古本屋では、本を買いますね」
当たり前のことを答えるので、ロバートはむっとした。
「そんなことは聞かなくても分かる。……だったら、古物商では何を買うんだ?」
「いつでも買うわけではないのですが……古い駒を買うことがあります」
「古い駒? それってリブームのものか?」
「はい」
ティナはロバートが想像している以上に、リブームが好きらしい。
「あんたは、休みの日までリブームのことを考えているのか?」
ロバートがそう言うと、ティナは困ったように笑った。
「……そうですね」
「他のことを考えないのか?」
ティナは少し考えてから答える。
「そんなことはありませんけど、私がロルディでやれることというのはそれくらいですから……」
どういう意味か分からず、ロバートは小首を傾げた。
「首都にいるんだから、色んなところに行けばいいだろう」
すると彼女は眉尻を少し下げた。
「ロルディの土地勘がないのでよく分からないのです。それに欲しいものも特にありませんし、当主さまが素晴らしいお部屋を貸してくださっていますから、必要なものも全て揃っております。料理も全て提供していただいているので、調理もしませんから、買い物をする必要性もありません。ですから、出掛けようとはあまり思わないのです」
「屋敷にいて不自由がないとか……土地勘がないのは、俺も同じだ」
ティナの話を聞いていて、ロバートは他人事ではないことに気づいた。よく考えてみると、スイングラー家の外に出たらどこにどんな建物があるのかほとんど知らない。
「お出かけされることはないのですか?」
ティナに問われ、ロバートは視線を逸らした。
別邸にいたころは多少は外に出ていたが、本邸に来てからは数えるほどしか出掛けたことがない。
父に「付いてきなさい」と言われたときに付いて行って、外に行くだけである。
きっと行きたいところがあれば連れて行ってもらえるのだと思うが、行きたいところもないため、いつも屋敷の中にいる。
「……ない。あまり……」
「そうですか」
しんみりした声で言われる。
それが何となく嫌で、明るい声で言い返した。
「それに馬車で出掛けたら、土地勘もクソもないだろ」
「まあ、それは確かにそうですね……。窓の外を見ないと道が分かりませんし」
「そうだろう?」
「ええ」
ティナがうなずいたあと、何となく沈黙があった。彼女は帰りたそうにしていたが、ロバートが次に何を言うか待っているようにも見える。
そのため、彼は思っていたことを口にしてみることにした。
「なあ」
「はい」
「明日、散歩と店に行くんだろう? 俺も行きたい」
すると、ティナの表情があからさまに固まる。
「……」
「何だよ、行っちゃだめなのか?」
知らない仲ではないし、そもそもスイングラー家の当主が認めた人である。
ちゃんとした人なのだから、一緒に出掛けてもいいはずだとロバートは思った。
「……私は家庭教師です。それ以上のことは出来かねます」
ティナは定型文を読むように理由を言った。
しかし、ロバートも負けていない。
「家庭教師なら俺に世間を教えるっていうことも大事なことだと思うけど?」
「担当外です。私はリブームを教えることしか能がありません。ロバートさまに世間を教えるなど到底できませんよ」
畳みかけるように言われ、ロバートは唇を尖らせた。
「……そんなに嫌かよ」
リブームを教える担当であることは分かる。それ以上のことを頼むのもお門違いなのだということも、ロバートも考えないわけではない。
だがこの家庭教師は、ロバートがスイングラー家に来て初めてまともに自分の話を聞いてくれる人なのだ。この人を通して何かをしようとすれば、父上や腰の重いクイーズリーでもロバートのために動いてくれるのではないかと思ったのだ。
すると何を思ったのか、ティナがため息をついたのちこう言った。
「お出かけになりたかったら、クイーズリーさまにでもお頼みくださいませ。きっとロバートさまの行きたいところに連れて行ってくれると思いますよ」
「クイーズリーはダメだって。父上の言うことしか聞かない――」
ロバートは自分でそこまで言って、一気に目を輝かせた。
「そっか、その手があったか……!」
父に話をして、クイーズリーに頼んでもらえばいいのである。
「行きたいところがあるから」と。そうすれば、きっと動いてくれるに違いない。
「どこの古物店に行くんだ? 何時ごろいる?」
勢いよく聞くが、ティナは肩をすくめて曖昧に答えた。
「さあ、どうでしょう。そもそも、明日も出掛けるとは限りませんからね。部屋から出ないかもしれませんし」
「教えてくれたっていいじゃないか!」
「良い休暇をお過ごしくださいませ、ロバートさま。それでは」
ティナはさらりと言って、扉のほうに体を向けた。それ以上のことは手を貸さないということだろう。
「ケチ!」
「ありがとうございます」
悪態をついたが、ティナはにこやかに笑った。このところ、彼女にはロバートの嫌味は通用しない。
ロバートが彼女の休暇について行けるかどうかは、自分次第である。




