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宝石の駒  作者: 彩霞
第三章

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第33話 妾の子

(「スイングラー家の子息」の俺に、「お互い服を脱いでやりましょう」って面と向かって言うんだもんな。恐れ知らずなのか、それとも後先考えない人なのか……。とにかくびっくりした……)


 ロバートがティナを策略にはめて追い出そうと思ったのに、あっさりとやり返されてしまったのである。だから少しは話を聞いてやろうと思った。「リブームができないこと」をはっきり見せつけられるまでは。


(俺は、当初の目的を忘れていたんだ)


 ティナが真正面から自分にぶつかってきてくれたため、つい「リブーム」を教えてもらってもいいと思ってしまったのだが、あのときのロバートにはもう一つ目的があったのである。父親に「リブームができる」と嘘をついていたので、知られないようにするために家庭教師ティナを追い出したかったのだ。


 そのため、彼はリブームのルールを聞かれ始めた辺りから、「どうやってこの状況を切り抜けよう」ということばかり考えていた。偶々ティナが、ロバートが気に障るような教え方をしたために、彼女を拒否する場面を作れたが、結局それは徒労に終わった。


 そもそもティナは、リブームを教えられるほどの実力を持った人である。父も認めているし、本人も周りに「強い」と言われていることを自覚しているくらいだ。そのような人がロバートを見たら、すぐに「リブームをやったことがない」と判断できてしまうのは容易に想像できた。


 だが、「リブームができる」ということが、嘘だったということだけはどうしても言いたくなかったのだ。


 それは、ロバートが父と唯一まともに会話ができることが、「リブーム」のことだけだったからである。


 ロバートは七歳のときに母と生き別れたあと、スイングラー家の当主が彼を訪ねてきた。身なりの悪い者たちばかりが暮らす中で、華やかな装いのヴィヴェルシュは大層目立ったが、彼の前と後ろに付き添っていた御付きの者たちですら美しい身なりをしていて、格差をまざまざと見せつけられた。


 ――何故こんな身なりの人が、「セレイアヌ」たちがいる場所にいるんだろう。


 そう思いながら、通りに立って物珍しくスイングラー家の当主を見ていると、偶々ロバートと目の合った彼が声を掛けてきたのである。


 ——君、名前は?


 どうして名前など聞かれるのだろうと思いながら、ロバートは名乗った。


 ——……ロバート・フェリエです。


 フェリエは母の姓である。


 すると、ヴィヴェルシュはまたロバートに尋ねた。


 ——ロバート。君のお母さんの名前は何ていうの?


 母の名前を聞く男にろくな奴はいない。そのため警戒して黙っていると、代わりにいヴェルシュが言った。


 ——もしかして「ファラーノ」というんじゃない?


 それはまさしく母の名だった。


 ——……何で、知っているんですか?


 するとヴィヴェルシュは優しく微笑んで「理由はあとで教えるよ。今は君の家を見たいのだが、案内してもらえるだろうか?」と言った。

 ますます意味が分からない。


 だが、断る理由もなかったし、周りがロバートとヴィヴェルシュとのやり取りを遠巻きながらも興味津々でうかがっているのが分かっていたので、「こっちです」と言って母と暮らした家を見せることにした。


 ——汚いですけど……。


 母と二人のときはロバートが毎日掃除をして、洗濯物をして清めていたが、母がいなくなってから一か月の間、母の兄や近所の男たちが勝手に出入りして、ロバートがいくら綺麗にしても散らかったままになっていた。

 

 ——ここです。


 ——……そうか、ここが……。


 ヴィヴェルシュ・スイングラーは小さな家をぐるりと見渡した。身なりに全く似合わない場所なのに、目を細めて感慨にふけっているようだった。

 それほど長くない時間、家の様子を見たあと、今度はロバートのほうを向く。そしてまじまじ眺めたあと次のように言った。


 ——もうここには君の居場所はない。新しいところへ行かなければならないんだ。だから、私に付いておいで。


 意味が分からなくて呆然あぜんとしていたが、ロバートの近くにいたヴィヴェルシュの御付きの者が「さあ、こちらへ」と言ってうながす。のちにその人物がクイーズリーであることを知った。優しくて、何でもそつなくこなす男だけれども、どんなことよりもヴィヴェルシュの命令を最優先にする。それを知ったとき、ロバートの心はしんと冷えたものだ。


 ヴィヴェルシュに連れられ、ロバートは彼の血の繋がった子どもであることを教えられた。

 急にそのようなことを言われて、理解が追い付かない。また「安易に私との関係を人に言ってはいけない」とも言われた。スイングラー家の当主の本当の子どもであることは、ヴィヴェルシュが認めた人にしか言わない。だからロバートが勝手に他人に話していいことではないという。必要な人にはヴィヴェルシュから言うため、「ロバートは何も言わないでいなさい」と言われた。

 このときのロバートには、父の言った意味がよく分からなかった。


 頼りだった母がいなくなってしまったため、父親が来てくれたことは嬉しかった。しかもお金持ちである。そのため、これまでの辛い生活から脱することができるのは清々した心地だった。


 だが、生活が楽になると、余計なことを考えるようになった。


 父は迎えに来てくれたが、一緒には生活してはくれなかった。ロバートはスイングラー家の別邸で生活するように言われたのだ。


 別邸で仕事をしているメイドたちの噂によれば、どうやら父は、「ロバートの腹違いの兄」に気を使っているらしかった。


 本妻の息子である「ロバートの兄」は、スイングラー家の後継ぎとして教育を受けてきていた。そのような中で、急に「妾の息子がいるんだ」と言われて、「ロバートの兄」が相当に戸惑ったというのだ。


 そのため、最初はロバートも一緒にスイングラー家の本邸ほんていで生活するはずだったのだが、急遽きゅうきょ予定が変わったらしい。


 父親と生活することができなくなったことで、きっとロバートが戸惑ったり苦労したりするだろうと考え、乳母を付けられた。話を聞くと、彼女は「ロバートの兄」の面倒も少しだけ見ていたことがあるらしかった。


 スイングラー家の事情にも詳しく、優しい人で、ロバートに必要な礼儀作法などを教えてくれた。


 だが、それ以外についてはどう接したらいいのか分からない。甘えようとするとロバートに「スイングラー家の子息」という肩書があるせいか、乳母は尻込みしてしまうし、時折主従関係のようなやり取りになってしまう。


 ロバートはここにくるまでずっと底辺の生活をしていたのに、急に敬われる立場になり、どうしていいか分からなかった。


 スイングラー家の子息としてどう振舞っていいのか分からず、気に入られようと思って仕事を手伝おうとすると困った顔をされる。

 何をどうしていいのか分からない。


 父が自分に何を望んでいるのかも不明だった。

 偶に会いに来てはくれるが、話せることがほとんどない。

 そんなときだった。部屋に置いてあった「リブーム」の盤と駒を見たときに少し興味を持つと、父が嬉しそうに話しをしてくれたのである。

 久しぶりに、スイングラー家のことでもなく、礼儀作法のことでもないことで、ようやく人と話ができたことにロバートはほっとして、つい「リブームができる」などと言ってしまったのだ。


 だが同時に、この嘘はバレることはないと思った。

 父は忙しくてリブームの相手などできないし、乳母も「やったことがない」と言っていた。そもそも、スイングラー家の子息であるロバートには遠慮して、一緒にリブームをすることなどないだろう。


 そう思っていたのだ。


 だが、父は信じられない手を打ってきた。

「リブームの家庭教師」を見つけてきたのである。それがティナだった。


「ロバートさま、私は帰りますね」


 ロバートが黙々と駒を箱に入れ終わると、ティナは椅子から立ち上がってそう言った。いつもなら「じゃあね」と言って見送りもしないのだが、今日は違う言葉が口を突いて出た。


「……休日は、何をしている?」

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