第31話 十七歳
ロバートは少し考えてから、彼女に尋ねた。
「それは……『孤独』になるから?」
「ええ、それもあります」
ティナはそう言って、視線をロバートの後ろに向けた。両開きの窓からは、柔らかな秋の日差しが差し込んでいる。
日の位置は、そろそろ一番高いところに到達しそうだ。秋空は雲一つなく、すがすがしい。
彼女はその様子を見て、眩しそうに目を細めた。
「私がリブームの強者として名を馳せたのは、もう三十年近くも前のことです。言い換えれば『約三十年経った』ということです。お陰さまで、私に付いた異名が人々の記憶から消えかかっていました。その中で『勝ち負けではないリブームの世界』を、子どもたちに教えることで取り戻そうとしていたのです。ですが、ロバートさまのお父上に見つけ出されてしまいました。そのときのことを失礼を承知で正直に申しますと、がっかりした自分がいたのです。『まだ、私のことを強者として見ている者がまだいるのだ』……と」
ロバートは「ふぅん……」と分かったような、分からないような返事をすると、また質問をしてきた。
「あんたが強かったときに知れ渡ったのが三十年近く前って言ったけど、今は何歳なの?」
「四十五です」
「へぇ、もう少し若いと思った」
「そうですか」
素っ気ない返し方をしたからだろうか。
ロバートは、きゅっと眉を寄せた。
「え、それだけ? 嬉しくないの?」
「嬉しいとは?」
「『見た目が若い』って言ったんだから、喜べばいいじゃん」
「はあ……。あまり、そういうことには関心がありませんので」
関心があったら、ヴィヴェルシュからドレスが贈られたときに喜々としているところだ。
(そういえば、先週新しいドレスをいただいたのよね……)
ティナが休日のため寝泊まりしている部屋で休んでいると、ヴィヴェルシュからドレスが贈られてきたのである。添えられていた一筆箋には「新しいものがあったほうがいいだろう」と書かれていた。
確かに休日以外毎日着ているので、ドレスを長持ちさせるためにも、もう一着あったほうがいいのではないかという考え方は分かる。
そしてスイングラー家にみすぼらしい姿をした女が毎日出入りしていたら、変な噂が立ってしまうため、きれいに着飾ったほうがいいというのも理解できるが、まさかドレスをまた贈られるとは思わずただただ困惑しているのだった。
「ちぇ、つまんないの」
ロバートは小さくため息をついた。
「すみません」
「別に謝る必要はないけどさ。引っかからなかったから、面白くないって思っただけで」
「引っかかる……?」
「女の人に『若く見えるね』って言うと喜ぶんだよ。前に雇われた家庭教師のおばさんは俺に言われて嬉しそうにしてた。嘘なのに」
「……」
「ま、そのおばさんはスイングラー家の別邸に来て、すぐに辞めたけどね」
そう言って、けらけらと笑う。
きっとロバートが彼女を追い出すようなことをしたのだろう。
「……そうですか」
ティナはその家庭教師を思って、小さく呟いた。
気の毒な家庭教師である。
ティナのように家庭教師協会に入っていない場合は、追い出されようが何しようが関係ないが、協会に入って職を斡旋してもらっている人は、雇われた先ですぐに「来なくていい」と断られてしまうと、協会で発行している信頼度合いを表わす書類に×が付き、仕事の紹介をしてもらいにくくなる。
ロバートのところに送り込まれた家庭教師は何人いたのだろう。
「まあ、いいや。えーっと、あんたが四十五歳ってことは、三十年前……って、十五歳……? 今の俺と同じ年じゃないか」
「ああ……正確には十七、八歳くらいのときです」
ティナがすかさず訂正する。対してロバートは不服そうな表情を浮かべた。
「ごまかしたの?」
「違います。『三十年近く前』とちゃんと申しましたよ。『近く』ですから、その前後と考えてくださいませ」
ロバートが小さなことでいちいち突っかかるのはいつものことだ。さすがのティナも慣れてきたと思う。
「分かったよ。……でも、十七歳くらいで『強い』って周りに認められていたってことだよな。俺だったら気分いいけど、あんたは違うんだ?」
彼らしい率直な問いに、ティナは苦笑した。
「……そうですね。私が変わっているだけかもしれませんが」
「変わっているだろうね。父上だってリブームが強かったときのことを自慢しているくらいだもん。強いことがそう悪いことだとは思えないけどね」
「勝ち負けで物事を決めたり、勝敗が決まるものは楽しいときもあります。ただ、その渦中にずっといる者の中には、勝ち負けで決まるのが好きではない者もおります」
「へぇ……」
「『どうやって強くなったの?』とお尋ねになりましたね。私が強くなったのは、養父母がいる村の中で、皆がリブームを通して楽しそうに会話をしているのを見たからです。自分もその輪に混ざりたい……そのように思いました。ですが、輪に入るためには自分より年上のお兄さん、お姉さんや、大人たちと張り合えるくらいに、上手にならなくてはいけません。私は村の中で一番下手でしたから、必死に練習しました」
「あんたにも、一番弱いときなんてあったんだ?」
「それはもちろん、ありましたよ」
「さっき言っていたよな。『リブームを誰かに教えるときがくるかもしれない』と。あんたも養父……さんに、そう習ったのか?」
ロバートが不慣れなりに、ティナの養父に対して敬意を払ってくれる。
ティナは表情を緩めて、養父との過去を短く語った。
「はい。習いました。私も養父とリブームをするときは、白の駒を持たせてもらうことが多かったので、養父が使う駒を自分の座っている側から並べるということをしました。そしてロバートさまのように、最初は『どうしてだろう?』と疑問に思ったものです。理由を聞いたら、『相手の駒が間違っていないかを見抜くため』と、『誰かに教えるときに役に立つから』と言われました」
「そっか……」
「ええ」
二人は暫く沈黙した。
その間ティナは、秋の日差しで暖かくなった部屋の心地よさに浸る。ひと眠りするにはちょうどいい気温だと思っていると、ロバートがぽつりと呟いた。
「今、何時かな」
「聞いてまいります」
ティナは部屋の外に出て、近くで待機しているメイドに時間を尋ねた。
セルディア王国の市民は普通、町に設置してある時計塔の鐘の音で時間を把握するのだが、スイングラー家には柱時計が置いてあるため、尋ねると時間を知ることができるのだ。
聞くと、「十一時半くらいになった」とのことである。
それをロバートに報告すると、彼は椅子から立ち上がった。
「結構時間が経ったな。休憩がてら、お昼にしよう」
「はい」
リブームの試合をすると、あっという間に時が過ぎる。
ティナは、ロバートの後ろに付いて行きながら、部屋を後にするのだった。




