第30話 孤独な強者
「『切磋琢磨』というのは、比べる相手と力が拮抗していて、お互いに意識し合い、上達したいと願うのであれば成立しますが、ロバートさまのお相手が、『幼いころのお父上』というのは全くもって参考になりません。もし、『幼いころのお父上』が今ここにいて、ロバートさまとリブームの力が拮抗しており、お互いが上達し合うことを意識していたらそれは『切磋琢磨』できますが、『幼いころのお父上』はここにはおりません。ですから、話は参考になったとしても、『切磋琢磨』の相手にはなれないのです」
「そういうもの?」
「はい。そういうものです」
「じゃあ、あんたはどうやって強くなったの? 切磋琢磨する相手がいたの?」
ロバートの質問に、ティナはくすっと笑った。
昔、同じような質問をしてくれた人がいたからだ。
「何だよ、笑うなよっ」
「すみません、別にロバートさまのことを笑ったわけではなくて、懐かしい質問で嬉しくなっただけですよ」
「懐かしい?」
「ええ……」
ティナは瞼を伏せると、しみじみと言った。
「昔、夫がロバートさまのような質問をしたことがあったんです」
ティナの夫は、セイジという名である。
ティナと結婚する前の姓はない。
いや、元々はあったのだと思う。だが、彼は「ない」という。理由は分からないが、話したくない様子だったので、この件についてはティナも詳しいことは聞いていない。
セイジは、フォルクレア子爵家に仕える護衛だった。
身長が高く、すらりとした体型で、黒髪に切れ長の黒い瞳をしていた。
精悍な顔つきをしているのに、いつも仏頂面をしていて口数も少ない。何か喋ったとしてもぶっきらぼうで、愛想の欠片もない人だった。
しかし、ティナと心を通わすようになると、彼の言葉の中に潜む優しさを感じるようになったのである。
そして彼は遠慮がちに、ティナに尋ねた。
——君はどうやって強くなったの?
このときのティナは、養父母のところから出て、フォルクレア子爵に雇われて一年ほど経ったころだった。十八歳のときである。まだセイジと夫婦になるような気配も全くないときではあるが、この頃からティナにとって、セイジの存在は心の支えとなっていたのである。
ティナはある事情からフォルクレア子爵に雇われ、リブームの仕事をさせられていた。家庭教師ではない。
新月になると開かれるという「闇取引」で、ゲームに勝って景品を獲得する――という仕事である。
ゲームの内容は「リブーム」。
ティナが最も得意とする盤上ゲームである。
ここで取り扱われる景品は美しい宝石や珍しい芸術品、名のある者の美術品もあったが、一番人気の景品は少数民族から連れて来られる美しい者たちだ。顔立ちが整っており、髪の色が金髪や銀色、時には燃えるような赤色もあった。
瞳は、ロバートのような空色の者もいれば、花の色のような薄い紫色をした者、また「デマントイド」の色をした者もいた。
「デマントイド」はリブームの駒の名前の一つだが、これは緑色の宝石の名なのだ。安価なものは緑色に少し黄色味のある光が放たれるが、高価なものになると、緑色の中に時折青い色の光が放たれるのである。
そういう美しい瞳やきれいな容姿の少年や少女を手にして、金持ちたちは愛でるのだ。フォルクレア子爵もそういう癖を持った人物で、景品を手に入れたいがために、ティナを闇取引のゲームに参加させていたのである。
一方のティナ自身も、生きるために必死だったため、闇取引がどういうところなのか、己が勝負に勝つとどういうことが起こるのかを知ってからも、雇い主の命に従って勝負に勝ち続けた。
だがそのうちに、ティナの心の中が空っぽになっていった。
あれほど養父母や村の人たちと楽しく遊ぶためのゲームが、誰かを陥れるやり取りに使われているのである。しかも自分はそれに加担しているのだ。
そんなとき、セイジが「君はどうやって強くなったの?」と尋ねてきた。その問いは、全く嫌味がなく、ただただティナがどうしてそこまでリブームが強いのかを聞いただけのものだった。
フォルクレア子爵家に来て、初めて「リブームに勝つ道具」としてではなく、心のある一人の人としての会話で、ティナは失いかけていた生きる意欲をほんの少しだけ取り戻したのである。
ゆえに、今でも思い出すたびに、嬉しくなる言葉なのだ。
すると、ロバートは眉をきゅっと寄せた。
「別に、変わった質問じゃないだろう? 何で嬉しいんだ?」
彼の言う通りである。
何も変わった質問ではない。
だが、彼女に関心のある人たちは皆、「リブームで戦わせたら強い女性」ということにしか価値を見出していなかった。
ティナは、言葉を選びながら答える。
「私に関心がある人たちは、皆、『リブームが強いこと』に興味があるだけなのです。私がリブームに対してどんなふうに思っているかとか、どうして強くなったのかということには関心はありません。仮にそういうことに興味のある方がいたとしても、自身を強くなるために参考にするためで、私のことを聞いているわけではないのです」
「……」
「ですから、『強者』は孤独なのです。『強い』というのは一つの基準です。強い者を倒すことができたら、『より強い』という称号を得られます。『リブーム』という盤上ゲームを、純粋に楽しむためにするのならいいのですが、勝負事として見れば、強者は下に引きずられるためのものでしかなくなります。特に賭け事に用いられたリブームはただただ勝ち負けしか中身がありません。その中に白い駒を持った者と、黒い駒を持ったものが辿ってきた過程というものは顧みられることはないのでございます。そう、結果がすべて……。ゆえに、『強者』は下に引きずられれば用がなくなってしまします。私は一時期そういう世界にいました。一度でも負ければ、生命さえも奪われるようなところでしたから、必死に『勝ち』に拘って生きていました。手の内を見せないようにするために。己の強さの秘密を守るために。ですが、その世界から出ることができたとき、私は孤独になっていました」
ロバートは静かにティナの話を聞いていた。
そして一区切りついたとき、迷いながらも次のように尋ねた。
「あんたは……、その……『リブーム』がすごい強い人だったんだ……?」
「……そうですね」
「父上はそれを知っていて、家庭教師に呼んだの?」
「そういうことになります」
するとロバートは小首を傾げた。
「何だか、他人事みたいな答え方だな。リブームが強くて、それで父上に呼ばれて家庭教師になったのだとしたら『はい、そうです』って答えればいいじゃないか」
ロバートの主張に、ティナは苦笑する。
「ロバートさまのお父上も、周囲の人も、確かに私のことを強いと称してくださいます。ですが、自分ではそれがよく分からないのです。必ず勝たなくてはならない試合があれば、私は恐らく勝つ手を打つでしょう。ですが、『その手を選んだことが自分であること』を認めたくない部分があるのです」




