第28話 小さな成長
この置き方は、ティナがロバートにリブームを教えた初日に、事前に言わなかったルールからの逆転の発想だ。
(よかった。あんなことがあったから、牽制のためにこの方法を取るのは暫く難しいかもしれないと思ったけど、ちゃんと使えているわね)
生徒が失敗から学ぶだけではなく、それを応用してきてくれるのは、教えている側としても嬉しいものである。
(ロバートさまがルールを上手く使い始めている。いい傾向だわ。でも、この形になった場合もう一つ覚えてもらわなくてはならないものがある……。だから牽制されたいところだけど、ここは今後のことを考えてしっかり対応させてもらいましょう)
子ども同士のリブームであれば、この牽制に怯む子もいるかもしれないが、ティナはそう甘くはない。そして教師としてこれほどいい機会はないと思った。
「もしかして、結構いい手だった?」
ロバートがにやにやとして言う。ティナが駒を置く場所に困っているのだと思ったのだろう。ティナは彼の調子に合わせて、神妙な面持ちでうなずいた。
「ええ、本当に。『いい手』ですよ」
彼女はそう言いながら「五の五」に置かれていた◆を一マス前進させ、「五の四」に置いた。つまり、ロバートの✬が両側にある中に飛び込んだことになる。
驚いたロバートは目を丸くさせ、すぐさま抗議した。
「ちょっ……! そこにはあんたの駒を置くことができないはずだろう!」
「そうですね。ですが、条件が満たされていたら置くことができるのですよ」
「……条件?」
小首を傾げたロバートに対し、ティナは「三の四」の位置にある、自分の■を指さした。
「私の■は元々この場所にありました。そしてロバートさまが✬をこの■の右隣に置いたのです。すると私はこの✬の右隣にもう一つ自分の駒を置くことができれば、『四の四』に置いてあるロバートさまの✬を取ることができます。『一手動かすことによって駒を取ることができる状態が確立する』場合、『譬え駒に挟まれる状況が起こるとしても、駒を取るほうが優先されます』」
「……ということは、俺の✬はあんたの■と◆に挟まれたから取られるってわけ?」
ロバートが自分なりに説明したのを聞いて、ティナは微笑んだ。
「その通りでございます。呑み込みが早いですね」
ロバートは椅子から立ち上がり文句を言った。
「聞いてない!」
一方のティナは、しれっと言い返す。
「申しておりませんからね。こういうのは細かいルールなので実戦してみないと分からないものなのですよ」
「腹が立つなぁ!」
苛立ちをティナに向けるが、彼女はにこにこと笑った。
「怒った感情を力にして、私に勝ってみせてください」
「うっ……、また勝手なことを言う……」
彼はむすっとして椅子に座り直す。
しかし、ティナが言ったことは本心だった。手加減はしているとはいえ、早くロバートに勝ってもらいたいと思っている。
リブームを始めたばかりの子どもたちの多くは、自分が積み上げてきた駒の動きが「勝ち」に繋がると、今までとは全く違った世界が開ける。「勝つ」という快感を覚えると、「もう一度勝ちたい」「勝つ快感を味わいたい」と思うようになり、どんどんリブームをやってみたくなるのだ。
そこまでくれば、あとは自然と己の戦い方を習得するようになる。もちろん簡単な道のりではない。
しかし、「勝ち」を追いかけ続け、色んな人との対戦を通じてリブームについて考え続けて行くと、今度は「勝利」では見出せないものを得られるようになる。
本当はそれが何よりも面白い。ティナはそう思う。
しかしそこまでに行くには、よほど経験を積まねばならない。経験を積むためには、まずはリブームが「面白い」「楽しい」を思わなければその場所まではたどり着けないのだ。
そのため、ロバートには「ティナに勝つ」という経験を得てほしいと思っていた。スイングラー家の中では「ティナに勝つ」ということでしか、彼から「リブームが楽しい」と思う気持ちを引き出すことができないからである。
(本当は、私みたいに色んな世代のいる村の中で、和気あいあいとするのが一番いいんだけど……。ロバートさまがそういう環境を望むのはとても難しいからね……)
ティナの場合は、自分を養ってくれた養父たちと会話をしたくて、彼らが楽しそうにしているリブームをやりたいと思うようになった。皆が楽しそうにしているし、自分も楽しい。だから、自然とリブームを覚えるようになった。
しかし、ロバートにそれを望むことは極めて困難である。
屋敷の中で彼と一緒にリブームをしてくれる人は、教師であるティナ以外いない。
その上ティナは、ロバートの中で「あんた」と言われるだけの存在である。
「リブームを教える家庭教師」としては出入りを認めてはくれているし、こうやって話はできるようになったが、「一緒にリブームをして楽しみたい相手」ではないだろう。
どちらかといえば、「父親の指示に従うしかなく、その中でもまともな家庭教師だから付き合っている」という感じだとティナは思うのだ。
だが、それではリブームをやらなければならないロバートが可哀そうである。父親から言われたことであったとしても、その中に少しでも楽しみがあればいい――。
ティナはそう思いながら、彼が自分に勝つ日が来ることを待っているのだった。
そのあとロバートは、ティナから見て右端に置いてあった✬を一マス後退させ、「六の三」へ移動させた。
ティナは、「二の五」に置いてあった★を一マス前進させ、「二の四」に移動させる。
次にロバートは「三の三」に置いてあった◇を右に一マス移動させ、「四の三」の位置へ持っていった。ティナは「三の四」に置いてあった■を一マス前進させ「三の三」の位置へ置く。これで二十手になった。
すると、盤上をじっと見つめていたロバートが何かに気づいたようで、ぱっと手を動かした。そして「六の三」に置いてあった✬を二マス前進させたのである。「六の六」の位置だ。✬の左斜めを見るとティナの◆があり、さらにその左斜めには自分の◇がある。つまり、ティナの駒を取ったということである。
「やった!」
ロバートは嬉しそうに◆を取って、自分側の盤の隣に置いた。
「よくお気づきになりましたね」
「まあね」
ロバートは得意そうに笑った。駒を取ったのは初めてではないが、やっぱり一所懸命に考えて駒を取ることができると嬉しいものである。
ティナもその気持ちが分かるので、微笑ましく思った。
しかし、試合はまだ続いている。ティナは次に「五の六」に置いてあった★を前に一マス進めた。
「『五の五』」
「正解です。だんだん慣れてきましたね」
そう言うと、ロバートは短く「ん」と答えた。ティナの駒を取ってからぐっとリブームの中に入って来ている感じがする。集中しているようだ。
ティナは彼の思考を邪魔しないように、何も言わなかった。ただじっと、彼が指すのを見守る。
ロバートは次に、「四の三」に置いてあった◇を、ティナから見て右側に移動した。「五の三」の位置である。
ティナは自分の番になると、ロバートの考える時間に合わせて、少し間を空けてから「二の四」に置いてあった★を一マス前進させた。これにより、この★はロバートの陣に入ったことになる。そのため、彼女は駒をひっくり返して✪の状態にした。




