第27話 牽制の一手
「そうなの?」
「はい。以前申したかと思いますが、私は元々別の仕事をしていたのです。そのときロバートさまのお父上から勧誘があって、家庭教師の任に就きました」
「『別の仕事をしていた』のは聞いていない。どういう仕事をしていたんだ?」
「レストランで働いておりました」
「ふぅん……。じゃあ、家庭教師をクビになったら、レストランに戻るってこと?」
ロバートはティナから見て左から二番目の列の☆を一マス動かした。「二の四」の位置である。
これで、この☆もティナの陣地に入ったので、左右の動きもできるようになるだろう。
「そうなると思います」
ティナは答えて、左から二番目にある★を一マス進めた。
「『二の五』」
「はい、合っています」
「合っているのは良いけどさ、置くのが早いよ。俺ばっかり時間がかかっちゃうじゃないか……」
駒を動かしてから、間髪を容れずに次の駒を動かしたので不満だったらしい。
(そうよね……。早いわよね……)
近所の子どもたちに教えるときは気を付けていることなのに、ロバートと話しているときにはどうしても「ゆっくりと考える」ことを忘れてしまう。
「すみません。つい手が……」
「ちぇ。まあ、いいけどさ」
彼はつまらなそうな顔をして、次の一手を考え始める。
「……」
ティナはその様子を見て、少し驚いていた。
(理由を聞かれるかと思った……)
素早く次の一手を置いてしまうことについて、ロバートなら聞いてくると思ったのだ。
(でも、よく考えてみたら私は教える側なのだから、「次の一手を考えているのに慣れている」と考えることもできるわね……)
しかし、それはロバートが他の者と対戦をしたことがないからであろう。
誰かとリブームをやったことがあれば、ティナの駒を置く早さは尋常ではないことが分かるはずだ。
(体に染みついた癖は中々抜けない……)
ティナは目を伏せる。
(闇取引でのリブームの対戦は必ず時間制限があって、その中で確実に勝たなくてはならなかったから、「どうしたらいいか」と必死に考えているうちに頭で判断するというよりも体で反応するようになってしまったのよね……。ロバートさまとするときは、もう少し気を付けなくては……)
ティナが気を取り直すように小さく息をつくと、ロバートが「どうかした?」と声を掛けた。彼女はぱっと視線を上げる。
「え?」
「ため息をついているから。俺が駒を置くのが遅いって態度で示しているわけ?」
不貞腐れながら言うので、ティナは苦笑する。
「まさか、違いますよ」
「じゃあ、何?」
「待っている間に、次の一手を考えているのです。できれば少し厳しい手を打とうかと……」
するとロバートは空色の瞳を丸くした。
「何だよそれ! ずるい!」
半分冗談だったのだが、真に受けたようである。
勝負に対して相手のやり方にケチを付けるのは、多少は真面目に向き合っている証拠だ。勝ち負けにすら興味がなければ、このようなことは言わない。
「でしたら、早く置きませんと」
「ああ言えば、こう言いやがって!」
「すみません。田舎の出身ですから、あまり態度がなっておらぬのです。お許しください」
「くそぉ……」
ロバートはむすっとした顔をしたが、すぐにそれを引っ込めた。
その代わり、「二の四」においてあった✬を右に二マス移動した。「四の四」の位置である。
(少し考えるふりをしなくては……)
ティナは、ロバートに心を読まれないように、じっと盤を見て少し悩んだ素振りを見せる。
(でも、下手に遅く置いたら、また文句を言われるかしら……。難しいわね……)
どうしようかと思い、盤からロバートのほうに視線を向ける。
すると、ロバートはぼんやりとティナの手を見つめていた。
(私の手に何か付いてる?)
不思議に思って右手と左手に視線を向けてみるが、特にこれといって変わったものはない。手が多少荒れているくらいだろうか。
(次に置く手を考えているのかもしれないわね)
ティナはそう思って、■を一マス進めたときだった。
「あんたって――……」と、ロバートが呟いたのである。
「……」
何を言われるのだろうか。
そう思って待っていたが、呟きの続きは一向に口から出ない。
「ロバートさま? いかがなさいましたか?」
ティナに名を呼ばれ、はっとする。
物思いに耽っていたらしい。
「あ、いや……」
「私は置きましたよ」
「え?……ああ、『三の四』」
ぼうっとしているのかと思ったが、ティナが動かした■の位置の示し方があっているので、全く見ていなかったというわけではないようである。
「合っております」
「うん……。って、次は俺か。はー……、次はどれを動かそう……」
「手がかりを示しましょうか?」
「いや、いいよ……。とりあえずは、自分でやるから」
「分かりました」
ロバートは、うんうん唸りながら◇を一マスティナの陣地側に動かす。「三の三」の位置だ。
次の番のティナは、少し考えているように見せかけてから左端の✪を一マス後退させる。そのため一旦ロバートの陣地に入った✪が、自分の陣地に戻ってきた形となった。
「えーっと、そこは……『三の三』」
「正解です」
「……」
駒の位置は合っているというのに、ロバートは訝しい顔をして、今しがたティナが動かした✪を眺めている。
(何を悩んでいるのかしら……)
「ねぇ」
「はい、何でしょうか」
ティナが聞くと、ロバートは✪を指さして言った。
「✪って自分の陣地に戻ったら、またひっくり返すんじゃないんだっけ……?」
(ああ、なるほど……。それでじっと見ていたのね)
✪の動きについては一度教えているし、試合をしている最中にも何度も出てきている形なのでロバート自身体験していることだが、やっているうちに駒を返すのか、返さないのかが分からなくなってしまったのだろう。
確かに、★は「敵陣に入ったらひっくり返す」ので、「自分の陣地に帰ったら元に戻す」と考えそうだが、ルールではそうならないのだ。
「★は敵陣に入って、ひっくり返ったあとは、自分の陣地に戻ってもその効力が持続するんです。ですから、駒はこのままになります」
「つまり、『ひっくり返さない』ってこと?」
「ええ」
「そっか。分かった……」
そのあと彼は、「四の四」に置いてあった✬をティナから見て右に一マス動かす。これにより✬は「五の四」の位置へ移動した。
対してティナは、▲を定位置である「四の五」から「三の五」に移動する。▲だけは他の駒と違って、斜めに動くのだ。右斜めもしくは左斜め(後退も可)の方向に何マスでも動くことができる。
次にロバートは「五の四」に置いてあった✬を左に一マス、つまり「四の四」に動かした。
(いい一手だわ……)
ティナはできあがった盤上の形を見てそう思った。
彼女の陣地に入っているロバートの✬は二つある。
今まで隣同士の状態だったが、彼が「五の四」にあったほうの✬を左の動かしたことで、一マス空いた。
恐らくこれは、彼のティナへの牽制なのだ。
リブームは「相手の駒と駒との間に入って、一直線に結ばれるような状況のときは駒を置くことができない」。そのため、この形を作ることによって、「五の五」の位置にある「ティナの◆が動けない」と判断したのだろう。
ティナはロバートの意図を知って、ふっと笑った。




