第26話 変わった家庭教師
「どういうところが『変』なのでしょうか?」
ティナは、定位置にある◆を右に一マス進めながら尋ねた。
すると、ロバートが「『五の五』ね……」と言った。
リブームの盤は、ティナの方向から見た場合、縦の筋を左から一、二、三、四、五、六と数え、横の筋を上から順に一、二、三、四、五、六に数える。「縦の筋」と「横の筋」の交わったところを示すことによって、駒が置かれたマスの位置を特定できるのだ。
これを用いてティナが置いた◆の位置を表記すると「五の五」となる。(数字は「縦の筋」のほうを先に示す)
リブームは、「盤上での駒の動きを文字で表記する」場合、どの位置に駒が動いたのかが分かるよう数字で表記するため、ロバートにはティナの側だけを声に出して言うようにさせているのだ。
数字の表記と盤の位置が体感的に分かるようになると、記録の残っている過去の対戦記録を「読む」ことができる。
対戦記録を読むことができれば、上達する方法が増えるだけでなく、対戦相手とのやり取りなども見えてくるので、リブームの知識を深めるにはとてもよい教材なのだ。
だが、それを読むためには読み方を覚えなくてはならない。覚えるには実戦が一番だ。
ただ、ロバートはまだリブームになれていないので、まずはティナ側のほうだけ、試合をしている間は口に出して合っているかどうかの確認をしているのだった。
ロバートは、置かれた駒をじっと見ながら質問に答えた。
「俺に対して、平気で色んなことを言うからさ」
ティナは少し考えてから、「……申しましたね」と言った。
(なるほど、それが『変』ということね)
一人で納得していると、ロバートが説明を付け加えた。
「最初からそうだった。俺はあんたを追い出したいがために、無実の罪を着せようとしていた。盗みをやったように見せようって……。だけど、あんたに見抜かれた」
「そうでしたね」
「俺が企んでいたとしても、初めて会った家庭教師たちは誰も見抜かなかったからそれだけでも驚きだったのに、『服を脱いでリブームをやろう』って言われて……。さすがに焦った」
ロバートは少し悩んだあと、今度はティナから見て右端の☆を一マス前に進める。「六の二」の位置だ。
「そうですか……。それで『変』だと?」
ティナは自分のような家庭教師などいるわけがないと思っているので、「それはそうだ」と思いながら、左端の★を二マス前に進めた。
そもそも家庭教師たち自体が、まさか都市地主で名を馳せているところの子息が作為を練って、初日に自分を追い出そうとしているなどこれっぽっちも考えていないに違いない。
(貴族の家の子たちの中には、家庭教師を苛める子もいると噂には聞くけれど、苛めようとしているなら最初から追い出すようなことはしないでしょうからね)
「うん。あ、駒は『一の四』ね」
「はい、合っております」
駒の位置の正解を聞いてから、ロバートは先ほどの話を続ける。
「俺が『スイングラー家の子息』っていうだけで、相手がびびるんだもん。機嫌を損ねないようにね。でもそれは、俺を見ているんじゃない。皆、父上を見ているんだ。下手なことをして『もう来なくていい』って言われないようにするために」
ロバートは頬杖をついて、駒をどう動かそうかと考える。
しかし、中々次の手が決まらない。
「序盤ですから、それほど難しく考えなくていいんですよ」
ティナが助言すると、彼は唇を尖らせた。
「前回もそう言って、勘で置いたら負けたじゃないか」
ロバートと試合をするのは、これで五回目である。盤と駒を投げられたときのことは換算していない。
駒の動きを覚えてから、一日、一回ずつ。
彼がティナに勝ったことは、まだ一度もなかった。
「勘ではなく、覚えているルールを上手く使って戦うんですよ」
「そうは言ったって……」
ロバートは考えた末に、ティナから見て右端の一つ前に動かした☆を二マス進める。「五の四」の位置だ。
こうすると、☆は真ん中より先に進んだことになり、盤上で見れば敵陣に入ったことになる。敵陣に入ると、これまで前後の二マスまでしか動かせなかった☆が、左右にも二マスまで動かせるようになるのだ。
これは、敵陣から自分の陣地に戻っても効果は持続する。また、☆が敵陣に入ったことが分かるように、半分以上進んだら駒をひっくり返すのである。
「ロバートさま、駒をひっくり返してくださいませ」
「ん」
ティナに言われた通り、ロバートは駒をひっくり返す。
そうすると、裏には黒なら白い☆の形をした小さな石がはめ込まれており、白なら黒の★小さな石がはめこまれている。
今回はロバートの☆が対象なので、ひっくり返すと白い石の中に黒の★小さな石がはめ込まれていた。(ひっくり返した☆は、「✬」と表記する)
「いいですね」
「話を戻すけどさ」
「はい。私が『変』という話ですね」
「そう。あんたって、父上のことが怖くないの? 主婦なんでしょ? 下手なことをして仕事がなくなるのは嫌なんじゃない?」
ティナは左端の二マス進めた★を一マス進める。
「えーっと、『一の三』」
「はい、そうです。そしてロバートさまの陣地に入ったので、この駒を裏返しますね」
「うん」
こうするとティナの★は、ロバートの陣に入ることになるので、駒をひっくり返した。(ひっくり返した★は「✪」と表記する)
(他の家庭教師はそうなんだろうけど……)
ティナはリブームの家庭教師をして生活費を稼いでいたわけではない。
レストランのウエイトレスをして生活していたのだ。そのため、ヴィヴェルシュに「今日から来なくていい」と申し渡されても、とりあえずは平気である。ドレス代などを「作ってやったのに」と言われて請求されてしまった場合は何とも言えないが。
(前ほど生活は大変ではないからね……)
ティナは、次の手を悩んでいるロバートに言った。
「私は特に、怖いものはございません。そもそも家庭教師の仕事が本業なわけありませんから」




