第23話 練習
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ロバートと話し合いをした雨の日から、二週間が経った。
彼のティナに対する信頼度合いは相変わらず高くはないが、「駒と盤」を投げつけられた件が和解したお陰で、リブームを教えることはだいぶやりやすくなった。
「今日は、最初に駒の動きを確認しましょうか」
ティナは、ロバートと向かい合って席に座ったあと、テーブルの上に置いてある盤を見ながら言う。
「分かった。じゃあ、駒を並べる」
「はい。お願いします」
ロバートはテーブルの上にある箱から、白と黒の駒を出すと、自分側に白い駒を並べ、ティナ側に黒い駒を並べていく。
コツ、コツ、コツ、という小気味のいい音が、朝日が差し込むロバートの部屋に響いていた。
(東屋がロバートさまのお気に入りの場所だというから、冷たい北風が吹く中でずっとあそこで教えなくてはならないのかなと思っていたけれど、とりあえずそうならなくて良かったわね……)
あの雨の日から、ロバートは無理に裏庭の東屋で待つことはほとんどなくなった。代わりに自室に招かれて行う頻度が多くなり、今日もロバートの部屋でリブームを行っている。
恐らくだが、「駒と盤」の一件以来、彼はあることに気づいたようだった。
それは、「自分の部屋にはメイドが入ってこないし、自分を見張ることもない」というものである。
ティナがロバートと和解した次の日は晴れていたので、彼は東屋にいた。
だが、あまり集中できていないようだった。どうしてだろうと観察していると、彼の視線が時折東屋の外に向くのだ。最初は周囲の草花や、赤く染まった木々の葉に見とれているのだろうかと思ったが違った。
彼は、メイドたちの目を酷く気にしていたのである。
ティナは最初、メイドたちが家庭教師の授業にまでついて来ているのは「スイングラー家の子息であるロバートに、ティナが変なことをしないかを見張っている」のだと思っていた。
そのためロバートから「駒」と「盤」を投げつけられたときは、「『もう来なくていい』と言われるのだろうな」と思っていたのである。
しかし、次の日になるとスイングラー家の当主には謝られるし、クイーズリーに話を聞けば、メイドたちがティナを庇ったというではないか。
そのため、ティナを見張っていたわけではないことが分かったのである。
一方で、ティナを見張っていたのではないとすると、彼女たちが何のために、ロバートの傍にいるのかが分からなかった。
もしかすると、大切な息子の状況を事細かに知りたいヴィヴェルシュのために見ているのかもしれないし、逆に粗相をしないように見張っているというのもあるのかもしれない。
「駒と盤」を投げつけられた件のことを考えると、後者のほうが可能性としては高いようにも思える。
どちらにしても、常に人の目があるというのは、気分のいいものではない。
ティナも、人目を気にするほうなので、ずっと見られているのが嫌という気持ちはよく分かる。
もちろん、ロバートとの最初の講義で起きた事件は、メイドたちの公平な目があったからこそ助かったことだが、彼と和解してからは、問題が起こるような感じはあまりない。
そのため、四六時中見られているというのは、「何かをするんじゃないか」と疑われているように感じられて、あまり気分のいいものではなかった。
しかし、そのメイドたちの目が届かない場所があることに、彼は気が付いたのである。
それが、自分の部屋。
自室であれば、譬え家庭教師と共に中に入ったとしても、メイドたちは「無関心」の態度でいる。要するに、部屋の外にいて、しかも部屋の様子を伺うこともないということだ。
個人の尊重なのか、それともこの場所だけは何が起こっても誰も何も対処しないという意味なのかは分からない。
だが、人目がないお陰でロバートも集中してリブームのことを覚えられられるようである。スイングラー家の事情は知らないが、このほうが彼にとって良い環境なのかもしれないとティナは思い始めていた。
「並べた」
ロバートがそう言ったので、ティナは盤の上を見た。
二週間で随分と成長した。まだ、駒の並び方に迷うところはあるが、定位置に置く際に「これってどこだっけ?」「ここでいいんだっけ?」と問うことがなくなった。
彼のリブームに対する興味が最初のころよりも少しだけ強くなったためか、覚えるのも早くなっているように思う。
「確認しますね。——手前のマスに左から右に向かって☆を二つ、次に◯を一つ、△を一つを置いて、また☆を二つ並べる……。いいですね、できています。私の側のほうも合っています。次に上の列をみますね。◯の上に□、△の上には◇……」
「どう?」
少し心配そうにロバートは尋ねる。
駒の並び方は毎日のようにしているのだが、これまで一発で置けたことがないのだ。
ティナは盤から顔を上げると、ふっと笑った。
「はい、今日は完璧です。私の黒の駒のほうもきちんと並べられています。反対側もきちんと置けましたね」
「まあな」
すると彼はほっとしたのか、すぐに得意げな顔をする。
見た目だけみると端正な顔つきであるし、初対面の人には猫を被って澄ましているので、大人しい子に見えるが、こうして彼から出て来る気持ちを見ていると、ロバートもどこにでもいる、遊びが好きな男の子なのだと思う。
「良かったですね。でも、もう暫く駒を並べるのはやります」
「え~……」
ロバートがいかにも嫌そうな声を出す。
あまり得意ではないので、やりたくないのだろう。
「そうおっしゃらずに。そのうち考えなくともできるようになりますから」
「……でもさぁ」
「はい?」
「何で反対側の置き方も俺がやるの? 普通駒って自分の側だけ置くんだろう?」
ロバートの言う通りである。
普通、リブームの駒は自分側だけを並べる。
つまり、白の駒を使うロバートは、白の駒のほうだけ並べればいいのだ。ティナが使う黒の駒まで並べる必要はない。
しかし、これには理由があるのだ。




