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宝石の駒  作者: 彩霞
第二章

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第19話 借り物の部屋

      *


 クイーズリーに「こちらです」と言って案内されたのは、階段を上がって廊下を真っすぐに進んだ奥の部屋だった。

 彼はティナが歩みを止めたのをさりげなく確認したあと、ドアをノックする。


「ロバートさま、クイーズリーです。エジン先生がおいでになりました」


 少しの間をおいて、「どうぞ」というくぐもった声がドア越しに聞こえる。部屋のあるじの許可を取ったところで、クイーズリーが扉を開けた。


 ティナは彼も一緒に入るのだと思っていたのだが、入ろうとはしない。どうしてだろうと思っていると、てのひらで部屋の中を指し示されてしまった。「お先にどうぞ」なのか「お一人でどうぞ」なのかは分からないが、とにかくティナが入らないと何も進まないらしい。


「……」


 彼女はクイーズリーに小さく会釈えしゃくをすると、ゆっくりと部屋の中に歩みを進める。

 一瞬、「思春期の子の部屋に、一昨日会ったばかりのおばさんが入っていいのか」という考えが頭をよぎったが、クイーズリーのほうをちらと見ると有無を言わせないような威圧感のある笑顔を向けられる。

「これがあなたの仕事でしょう」と言われているような気がして、ティナは渋々部屋に足を踏み入れた。


「……失礼いたします」


 ティナが中に入ったところで、クイーズリーは「それでは、エジンさま。よろしくお願いいたします」と言って早々とドアを閉めてしまった。


(お願いしますと言われても……)


 どうしたらいいのかはこちらも分からない。

 しかし、引き受けてしまったからには、手探りで何とかするしかないのだろう。


「……」


 ティナはすぐには動かず、ドアの前でじっとしていた。天蓋てんがいの付いたベッド越しに、ロバートが窓辺の近くにいるのは分かるのだが、彼も動かないのである。そのため、少し様子を見ることにした。


(ここもすごい部屋だわ。私だったら落ち着かなくて困ってしまいそう……)


 部屋は、応接間と同じぐらいに豪奢ごうしゃな装飾品で飾られてあり、家具も調度品も立派なものばかりだった。


 だが、全くと言っていいほどロバートらしいものは何もない。


 右側に備え付けてある棚には、分厚い本がずらりと並んでいる。タイトルを見る限り、経営学や貴族とは何たるやという堅苦しいものばかりで、子どもが読みそうな本はなさそうだ。


 もしかするとロバートの趣味が難しい本を読むのかもしれないが、背表紙があまりにもきれいで、「棚から出して読んだことがないのでは?」と思うほどである。


 次に視線を元に戻し、ロバートのほうをもう一度見るとベッドが二つあって、どちらもきれいに整えられていた。きっとメイドが片付けたのだろうが、ロバートの部屋にベッドが二つあるのは奇妙に思える。

 ティナは何となくベッドの上の布団をじっと見た。


(見事な刺繍ししゅうよね。子どもに対してもこんなに良いものを与えるのかしら……。客室もすごかったけれど、それと同じくらいっている部屋だなんて……)


 そのとき、彼女はあることに気が付いた。


(もしかして、この部屋は来客用の寝室だったんじゃないかしら。元々スイングラー家の当主さまは、ロバートさまと一緒に暮らすつもりがなかった。けれど、色んな事情が重なりロバートさまを引き取ることになって、彼の居場所を作らなくてはならなくなった……)


 ティナはそこまで考えて、ヴィヴェルシュがロバートを最初からこの屋敷に連れてこなかったのは、ここに彼の居場所が用意されていなかったからではないかと思った。


 スイングラー家の歴史は、あまりよく知らない。


 しかし、反対に考えれば筋が通る。


 つまり、ロバートにあてがわれた部屋が来客用寝室だとすれば、この屋敷に彼の居場所を作るには、来客用寝室を変えるしかなかったということだ。そこまではいいとしても、恐らくロバートは「ここは自分のものではない」と思っている、もしくはヴィヴェルシュが「ここはロバートに貸している場所」としているような感じがした。


 もし、ロバートが心置きなくこの部屋に自分の居場所を見つけているのだとしたら、十五歳の少年らしい何かがあっていいはずだ。


 だが、それが一切ない。


 脱ぎ捨てた服もないし、ベッドもきれい。本を触った様子もなく、お金持ちの子どもらしく、こっそりお菓子を部屋に持ち込んでいるというのもない。


(グロリア侯爵家ですら、ご子息たちの子どもらしい振る舞いには目をつむっていたのに……。スイングラー家のロバートさまの部屋は、「子どもらしいもの」が一切ない……。ロバートさまが中庭にいたのは、屋敷の中にいたくなかったからなのかもしれないわね)


 ベッドから視線をらし部屋の中央を見ると、丸いテーブルとゆったりと座れるような肘掛け椅子が二脚あり、床には花の柄が美しい絨毯じゅうたんが敷かれている。テーブルの上を一瞥いちべつすると、見るからに真新しい盤と駒の入った箱が用意されていた。


(壊れた盤と駒は、捨てられてしまったのかもしれないわね……)


 複雑な気持ちで盤と箱を見たあと、視線を奥のほうに移す。

 一番奥には、両開きの窓が二つ付いており、ロバートはその左側の窓から雨の降る外を見ていたため、こちらに背を向けていた。

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