第18話 微妙な距離感
「ティナ?」
物思いに耽っていたため、名を呼ばれはっとする。
「あ……、すみません。少し考えごとをしておりました」
「それで、君はどう思う? ロバートは本当に『リブーム』をしたことがないのかな?」
(信じていないのだろうか……?)
ティナはそう思う。
ここまで息子のために尽くしてはいるのに、彼はロバートが言っていることを信用していない感じがした。
彼女は言葉を選びながら、雇い主の質問に答える。
「恐れながら申し上げます。全くないとは言いえませんが、ロバートさまに『リブームの』経験があまりないのは間違いないかと」
今後ロバートに「リブーム」を教え続ければ、ヴィヴェルシュに進捗状況を聞かれることだろう。
上手くなれるかどうかというのは、教える側の力量もある一方で、学ぶ側にも意欲がなければ難しい。
そのため、ここで下手に嘘をついて「ロバートさまは『リブーム』をしたことがあるそうですよ」と言うと、後々面倒になると思ったため正直に話した。
「そうか……」
ヴィヴェルシュは、落胆する。
「息子が嘘をついていること」にがっかりしているのか、それとも「リブームをほとんどしたことがないこと」に落ち込んだのか分からなかったが、このままだとロバートがあまりにも可哀そうだと思い、ティナは少し補足した。
「これは私の勝手な想像でしかないのですけれど……」
「うん。言ってみてくれ」
「もしかすると、ロバートさまは、過去に誰かがしているのを見たことがあったり、少しだけ『リブーム』をしたことがあったのではないでしょうか。ですが、『リブーム』は駒の動きが少々複雑ですので、きちんと覚えきる前に間が空くと駒ごとの特徴を忘れてしまうとか、曖昧になるということはときにあることです」
「では、ロバートが『リブームができる』と言ったのは、幼かったころの記憶を頼りにしているからだと?」
「はい。そういうことがあったのではないかと、私は考えております」
実際に、「リブーム」はやり方を忘れてしまうことがある。
ティナ自身、闇取引で「盤上の王」と言われていたところから脱け出したあと、暫く「リブーム」から離れていた。離れるしかなかった事情もあったのだが、いつの間にか所々やり方を忘れてしまったのである。
ティナはのちに、夫相手に繰り返し「リブーム」をすることでやり方や勘を取り戻した。その経験があるため、ロバートが「全く『リブーム』をしていない」とも言い切れないからとそう言ったのだが、ヴィヴェルシュは納得していないようだった。
「しかし、『できない』とか『分からない』というのは、自分でもはっきりしているものだろう。駒の置かれた盤を見てもやり方が分からないのだから、それは『できない』と同じはずだ」
「それは……」
「やはり、どうして嘘をついたのかは分からないな」
「……」
ティナは何と言っていいか分からず、ヴィヴェルシュから視線を逸らす。
下を見ると、クイーズリーが用意してくれたお茶が、よい香りの湯気を優雅に漂わせていた。
しかし、どうにも手を付けることができない。
彼女がじっと見つめていると、ヴィヴェルシュはため息交じりに言った。
「まあ、こんなことを私たちの間で言っても仕方のないことだね。今のところは、ロバートが何か楽しめるものを見つけてくれさえすればそれでいい。幸い、あの子は君のことは嫌っていないようだ。昨日駒や盤を投げつけたことに対しては申し訳ないと言っている。もし許してくれるのであれば、今日もお願いできないだろうか?」
「私は構いませんが……」
するとヴィヴェルシュは、ぱっと表情を明るくした。
「そうか、よかった。盤と駒は新しいものを用意している。ロバートにも物を投げるようなことはしないようにと躾けたから、安心してくれ」
安心してよいことなのかどうなのかよく分からないが、とりあえず「……ありがとうございます」と答える。
ヴィヴェルシュは、ほっとしたのかクイーズリーが入れたお茶をくっと飲むと、ティナに笑顔を向けた。
「ロバートは自分の部屋にいる。クイーズリー、案内してやってくれ」
「かしこまりました。では、まいりましょう、エジンさま」
「え……、ええ……」
ティナはうなずくと、すっと立ち上がる。
その傍で、ヴィヴェルシュは問題が解決したような晴れ晴れとした顔をして、お茶を堪能していた。
彼女はそれを横目で見つつ、部屋を出るときに「また飲み損ねてしまった」と思うのだった。




