第14話 雨の日
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ロバートが、盤と駒をティナに投げつけた翌日。
ティナは、スイングラー家の当主の好意で泊まらせてもらっている、立派な宿泊施設から出てくると、空を見上げて小さくため息をついた。
今日は青空はなく、どこを見ても灰色の雲がかかっている。さらに、小雨も降っていた。
(すごく行きたくない……)
ティナは再びため息をついた。
昨日は、盤と駒を集めて一つにまとめたあと、一連の出来事をヴィヴェルシュか執事のクイーズリーに報告しようと思っていたため、彼らが帰るまで待たせてもらおうと思っていた。
だが、お昼ご飯も食べずに冷たい風が吹く東屋でじっとしていたため、さすがに傍にいたメイドたちも付き合いきれなくなってしまったのだろう。
メイド長を呼んで来たらしく、彼女から「今日はお帰りくださいませ」と言われてしまった。
最初は「事情を説明しなければならないから」と食い下がった。相当の額の給与を支払ってもらっているということは、その分に見合った行動をし、誠意を示さなければならないはずである。そのため、外が寒かろうが何だろうが、とにかく壊れてしまった盤と駒の経緯と、ロバートを怒らせてしまったことを話さなければならないと思っていたのだ。
だがメイド長には、「当主さまとがお帰りになるのは本日の夜でございます。お風邪を召されては我々もお叱りを受けますゆえ、どうか今日はお引き取りを」と付け加えられてしまった。
これ以上「待たせてください」と言ったところで、何にもならない。
彼女たちを付き合わせてしまったことに申し訳なさと、自分にはこういった丁寧な扱いを受けることは非常に不向きであることを感じながら、ティナは渋々と退散したのだった。
(憂鬱だわ)
ティナはもう一度ため息をつくと、持っていた傘を広げ、観念して歩き始める。施設の外では、スイングラー家が用意している馬車が待っているのだ。
施設の外と言っても、そう遠くはない。目と鼻の先である。馬車まで辿り着けばあっという間にスイングラー家に着くのだが、馬車までの距離が酷く遠く感じる。
(昨日ロバートさまと上手くいかなかったから、どんよりとした天気は堪えるわね。子どものころは、雨の日が好きだったのだけれど……、大人になったらすっかり変わってしまった)
養父たちの元にいたときは、晴れの日も、雨の日もどちらも大好きだった。
晴れの日は、畑仕事で忙しいけれど、養父たちの仕事の手伝いで自分が役に立っているというのが感じられて、とても嬉しかったのである。
雨の日は、時折畑仕事が休みになることがあった。
そういうときは、養父は集落の皆が集まる集会場にティナを連れて出掛けてくれて、そこで皆と「リブーム」をして遊んだ。
大人たちがコツコツと作り溜めていた「リブーム」の盤と駒があるので、七組くらいは一斉に試合をすることができる。
対戦をするのも面白かったし、誰かと誰かが戦っているのを見るのも勉強になって、ティナはいつもわくわくしていた。
「リブーム」を集落の皆とするときは、朝から夕方まで行うので、養母たち女性陣はお菓子や軽食を作ってくれて、お昼ご飯も用意してくれる。
しかし、料理の準備だけをして黙って見ているわけではない。
彼女たちも隙を見計らって勝負に参戦する。逆に言うと、女性たちも「リブーム」をしたいがために、軽食を作ったり、お昼ご飯の準備をしてくれているのだ。
さらにティナが驚いたのは、意外にも女性たちが「リブーム」に強いことである。
中でも養母は、五回試合をしたら四回は勝つほどの腕前だ。
ただし、夫相手だと手の内がほとんど分かってしまうらしく、「最近は勝てないのよね」と悔しそうだが、どこか嬉しそうにティナに話してくれた。
ちなみに養父は、五回試合をしたら二回勝てるくらいの力量である。養母に言わせると、「すぐに新しいことをためしちゃうから負けるのよね」ということらしい。
養父は負けても残念がりはするが、やっぱり楽しそうだった。
ティナはそういう風景を見ながら「リブーム」をしていたため、「楽しい」という感覚は残っている。
しかし、残っているだけで、それが再び心の中に浮かび上がるのは難しかった。
彼女はのちに、事情があって養父たちの元を去ることになる。
そして「闇取引」に出入りすることになると、「勝つか負けるか」だけの世界に身を投じることになった。
それからは、心から「リブーム」を楽しめなくなった。
いや、「自分は楽しんではいけない」と心に鍵を掛けたのだ。
養父たちがあれほど楽しみ、仲間と心を通わせるために大切にしていた遊びを、自分は仕えていた主人のために汚してしまったのだから。
(まずは、「リブーム」が楽しいゲームなんだってことを教えなくちゃいけなかったのに、私はこのゲームを「人の取り決めの中に組み込んだ世界」で使い出してしまってから、本当の面白さを忘れてしまった……、いえ、面白がってはいけないと……そう思ったのかもしれない)
憂いのある考えをしつつも歩いていたため、いつの間にか施設の外に辿り着いていた。すると、黒塗りの立派な馬車と初老の馭者が、自分を待っいるのに気付く。
「おはようございます。今日はあいにくの雨ですね」
気づいた馭者が、ティナに声を掛けてくれた。
「おはようございます。そうですね。迎えに来ていただくのは有難いのですが、こういう天気のときは大変なのでは?」
「そうでもありませんよ。お気遣い感謝いたします」
彼は軽く黒い帽子をあげて優しく笑うと、馬車のドアを開けてくれた。
ティナは軽く会釈をすると、馭者に傘を預け、彼の手を借りながら中に入る。
「ドアを閉めますので、お気をつけて」
「はい」
ドアが閉まると、間もなく馬車が動き出した。
スイングラー家は何台も馬車を所有している。
今日の馬車は、一昨日スイングラー家に挨拶に行った際、乗せてもらったものと同じようだったが、何度見ても内装が豪奢な造りで、屋敷と同様にスイングラー家の財力を見せつけられているような気がした。
彼女はちらりと右の窓を向いた。薄いレースのカーテンがかかっているが、外の様子は見える。
通りには、石灰石でできた統一感ある建物がずらりと並んでおり、ここがセルディア王国の中心地であることを感じる。
ティナは景色がゆっくりと流れるのをぼんやりと眺めながら、「リブーム」のことを考えていた。




