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宝石の駒  作者: 彩霞
第一章

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第12話 荒ぶる心

「……何だよ。急に怖い顔をして」


「申し訳ございませんが、もう一度やり直していただかなくてはなりません」


 ティナは丁寧に言う。ロバートは瞬時に不快そうな表情を浮かべた。


「……は? どうして? 間違っていないだろ」


 ティナは神妙な面持おももちでうなずく。


「はい。『動かす向き』と『マスの数』は、合っております」


「だったら、何が違うっていうんだよ」


「……ご覧ください」


 そう言って、彼女は自分の(アンドラダイト)と、ロバートの(ウパロ)、そして自分の(ウパロ)を指さした。


「『リブーム』は、縦、横、斜め、どれでもいいので一直線に結ばれたときに、自分の駒が相手の駒を挟んでいると、その駒を取ることができるのです。そのため、相手の駒と駒との間に入って、一直線に結ばれるような状況のときは駒を置くことができません。ロバートさまの駒は、その状態になっております。ですから、ここに駒を置くことはできないのです」


「聞いてない!」


 ロバートは怒鳴った。

 一方で、ティナの心境は複雑だった。

 

 彼女は、「リブームのルール」として、「違うよ」と言っただけである。


 教えてきた子たちに同じやり方をしても、怒鳴られたことは一度としてない。

 彼らは「それならどうしたらいいの?」と尋ねて、もう一度指し直すからである。本番での指し直しは許されないが、練習なのだからそれでいいのだ。

 子どもたちは間違っていることを教えられたら、やり直すことを体感的に知っている。だから、ティナが一つずつ説明しなくとも、間違いを教えてもらってやり直しながら自然と覚えていくのだ。


 だが、ロバートには「やり直す」という選択肢がないように見受けられた。

 まるで「間違えたらおしまい」とでも言うかのように。


 ティナは頭を下げて謝った。


「申し訳ありません。ゲームをやっている最中にお教えしようと思いましたので、先にお教えすることはいたしませんでした」


「……くそっ!」


 ロバートは悪態をつくと、ぱっと椅子から立ち上がった。 

 ティナは気配でそれを感じると、そっと顔を上げる。


「ロバートさま?」


 見ると、彼は空色の瞳で、ティナをぎろりとにらみつけていた。


「あんたはこれからもそうやって、後から大事なことを教えるのか? そして、知らなかった俺を馬鹿にするのか? 馬鹿にして面白いか?」


 ティナは首を横に振りながら強く否定した。直感として、はっきり言わないといけないような気がしたのである。


「いいえ、いいえ……! そのようなつもりは一切ございません!」


「どうだか」


 ふん、と鼻で笑うようにして言ったかと思うと、彼は盤に並べられた駒を無造作むぞうさに掴んで、ティナに向かって投げつけた。


「帰れ」


「ロバートさま……」


「帰れよ!」


 そして彼は駒を全部彼女に投げて終わったかと思いきや、駒がすっかりなくなってしまった盤を掴み、ティナに向かって投げたのである。


「……っ!」


 ガンッと鈍い音がしたのと同時に、近くにいたメイドが「きゃっ」と声を上げる。

 ティナは咄嗟とっさに腕で顔をかばったため、顔面は大丈夫だったが、右腕に盤の角が当たって痛みが走った。


(痛っ……)


 盤に駒。テーブルにはもう一つ、駒が入っていた箱があるはずだ。

 それも投げられるかもしれないと思って覚悟していたが、彼はそれを東屋の外に向かって投げつける。そちらは草原の上だったためか、あまり激しい音はしなかった。


(もう、来ないかしらね……)


 テーブルにあったものは全て投げたはずである。

「もう大丈夫だろう」と思い、警戒しながらロバートのほうを見ると、彼は顔を真っ赤にし、肩で息をしていた。

 そこには澄ましていたときの美しい顔も、大人を小馬鹿にしていたような顔もすっかりなく、十五歳の少年の顔があらわになっていた。


「……」


 ティナは、どうしたらよいか分からず、ただただロバートを見つめた。


「こんなことをしてはいけません」と怒ったほうがよいのか、それともしないほうがよいのか。


 普段、「リブーム」を教えている子どもになら、間違いなく怒っている。


 しかし彼は都市地主の息子で、ティナは雇われの家庭教師である。それも大金を給料として出されることを確約されており、待遇も信じられないくらいい。

 そのような契約相手の子どもに対し、生徒だからと言って怒ってよいのか分からない。


「怒ること」ができないのであれば、「帰れ」と言われた通りに、「分かりました。帰らせていただきます」と言って、今日のところは去ったほうがいいのだろうか。


 しかし、あっさり帰ってしまったら、「どうして帰ったんだ」とあとで言われかねない。周囲にいるメイドたちは一部始終を見てはいるが、ティナの肩を持つことはないだろう。彼女たちも我が身が可愛いだろうから、ロバートの機嫌を損ねて働き口を失うようなことになることは避けたいはずである。


「怒ることもできない」「帰ることもできない」のだとしたら、何事もなかったこのようにして、駒と盤を拾い、ロバートに微笑ほほえんで「『リブーム』をしましょうか」としたほうがよいのだろうか。


 しかし、今あったことを無かったかのように振舞ったとき、何か肝心なものが失われそうな気がしてできそうになかった。

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