第11話 懐かしさ
ティナの血の繋がった両親には、子どもが多かった。
子どもが多かったのは、それで生計を立てていたからである。両親は己の子どもを各地で売り歩きながら、生活していたのだ。
傍から見れば、人道などあったものではないだろう。
ティナ自身、両親のやっていたことを肯定するつもりはない。
だが、否定するつもりもなかった。
子どもだったため、ティナには両親の事情はよく分からないが、そうするより生きる術がなかったのだから仕方なかろう。
明日を生きるために、そうやって暮らしていたのである。
兄弟は新たに誕生することもあったため増えもしたが、そうなると年上の子たちは売られていくため、減ってもいった。一人、また一人と兄や姉が家族の枠から出て行く。
そのうち、自分に何人の兄弟がいたのかも忘れてしまった。
ティナにとって自分が売られるのは、「順番が来れば自分もこの家族から離れるのだろう」というくらいに当たり前のことと思っていたので、悲しいとも、寂しいとも思ったことがない。多分、先に家族と離れることになった兄や姉もそうだったのだろうと思う。
ティナが見て来た上の子たちは、自分よりも年上の子たちが出て行く様子を見ている。だから、慣れていたに違いない。彼女も兄と姉が一人、また一人と売られていくうちに、その状況を自然と受け入れていた。
とうとうついに自分が家族の枠から出て行く順番となり、ある集落の五十歳を過ぎた夫婦に引き取られた。
彼らは自分たちの畑を手伝ってくれる働き手が欲しくて、彼女を実の親から引き取ったのである。
養父たちの元での生活は大変だった。
土地を管理する貴族に支払う税金が大きく、集落の人たちは必至で働いており、ティナも身を粉にして働いた。
手はあかぎれだらけで、爪にはいつも土が入り込んでいる。足も筋肉痛になるし、毎日くたくたになるくらい体を動かした。
しかし、心は全く苦ではなかった。
寧ろ、「生きている」という実感があった。毎日寝る場所が変わらずあって、沢山ではなくても朝昼晩の食事があり、一日一日を自分のために、そして家族のためにちゃんと働くことができる。そのような生活は、養父たちの元に来るまで一度としてなかったため、ティナは毎日が新鮮で、とても充実していた。
そして、養父たちのいる集落の人たちは、大変な中でも楽しみを持っていた。
それが「リブーム」だったのである。
貴重な大きな木を丁寧に削って盤にし、同じく木で駒を作る。やすりできれいに削ったそれは、何度も集落の皆が使って傷だらけで、所々欠けてもいたが、皆を笑顔にしてくれる盤と駒だった。
集落の人たちは時折集まって、「リブーム」をして楽しんだ。そのときだけは貧乏も、大変な日常も忘れてしまうくらいに、心通う温かな時間だった。
そして養父と養母は、ティナに「リブーム」を教えるのを忘れなかった。
勉強などをしたことのなかったティナにとって、「リブーム」のルールを覚えることさえ大変だったが、養父たちは何度も同じことを聞く彼女にも根気強く付き合ってくれたのである。
また駒の名前も、それとなくティナの耳に入っていくように、一緒にやるときは「■」「●」などと何気なく口にしてくれていた。お陰で、気づいたときにはちゃんと駒の名前を覚えていたのである。
(ロバートさまは、どれくらいで覚えられるだろうか……)
ティナはじっと盤上を見つめる。次はロバートの番だが、動かす様子はない。どれを動かそうか迷っているのだろう。
(「リブーム」を面白いと思ってもらえたなら、すぐにでも沢山のことを覚えていくだろうけど、そもそも私のことを警戒しているものね。信用できない者からの指導ほど生徒にどれだけ意欲があっても無意味だから、どうなるかしら……)
もし、ロバートにとって「ティナの指導が苦痛でしかない」状態として続くのであれば、彼に成長は見込めない。
ロバートが何故家庭教師を目の敵にしているのかは知らないが、まずは彼に対して自分が危険な存在ではないことを少しずつ分かってもらうしかないだろう。
(まだ、始まったばかり。根気強く行きましょう)
すると、ロバートは駒を動かした。カチッと音がする。
見ると、先ほど動かした☆を二マス、ティナの陣地側に進めたようだった。
(これは……)
進行する向きとマスの数はあっている。
だが、一つミスをしていた。
「☆を動かされたのですね」
「そう」
彼は少しだけ笑った。「さっき教えてもらったことをちゃんとやれた」というような、小さいながらも充足感のあるものである。
ティナはロバートのその様子を見て青ざめた。
(まずい……。間違いを指摘したら、この子はきっと怒ってしまう……)
しかし、ミスを正さないわけにはいかない。
ルールは、ルール。
それを知って守らなければ、彼は誰とも「リブーム」で遊べなくなってしまう。
(私は馬鹿だ。色んな子たちを教えてきているはずなのに、ロバートさまのような子に対して、いつもと同じ教え方でいいわけがないのに……)
しかも、ロバートは本当は「リブーム」のことを知らないはずなのに、何故か「『リブーム』を分かっているつもり」で振舞っている。
(全く知らないということを考慮しなければいけなかったのに、私はロバートさまを試してしまった……。「どこまで分かるのか」を……)
「どうした? まさかの降参か?」
くすくすと笑うロバートに対し、ティナはゆっくりと彼の顔に視線を向けた。




