第10話 駒を動かす
「●か▲のどちらかが取られたら負けになるのか? 両方じゃなくて?」
ティナはうなずいた。
「そうです」
そのとき、ロバートがもう一つのことに気づいた顔をする。
「だから、あんたは『場合による』って言ったのか。●か▲の片方を取られたら負けになるのなら、駒が二個残ったときは、●と▲が最後まで残っている必要があるってことだな?」
「ええ、そういうことです。元々は、『●と▲の両方を取ったら勝ち』というルールだったようですが、次第にルールが変わったと言われています」
「どうしてだ?」
「試合を早く進め、かつ、はらはらするような緊張感を『リブーム』をする側も見る側も楽しむためです。そのため、大人が子どもを相手にするときは、ハンディキャップとして『大人は、相手の●と▲の両方を取ったら勝ち』、『子どもは、相手の●もしくは、▲のどちらかの駒を取ったら勝ち』とすることがあります」
「ふぅん……、なるほど。そのルールのときも、あんたが言う『状況による』に該当するわけだ」
「そうなりますね」
「じゃあ、あんたは俺と対戦するときにハンディキャップを付けるのか?」
「ロバートさまがお望みならいたしますが、そうでなければいたしません」
ロバートはふんと鼻で笑った。
「お望みじゃなかった場合、ハンディキャップを付けないでいたら、俺はあっという間に負けちゃうんじゃないの? あんたは、弱い奴をこてんこてんにやっつけて面白がる人なんだ?」
「先生は生徒よりも強い」と考えているためか、ロバートはそのように言った。
確かに、ティナが本気を出したらロバートはあっという間に負けてしまうだろう。そして彼女が、強い者ばかりを相手にしていたなら、初心者のロバートに対しても手加減できずに戦うことになったかもしれない。
しかし、その点に関して言えば、彼女は己も鍛えるつもりで挑もうとしていた。
「ご心配なさらずとも、どちらを選ばれても私が簡単に勝つことはありません」
ティナは近所の子どもたちに「リブーム」を教えていたため、ハンディキャップがあってもなくても、彼らの実力に見合ったリブームの相手になれるように鍛えられている。
一方で、初心者だからといって軽視すると足を掬われる、ということもよくよく知っていた。
そのため、初心者のロバートに力量を合わせながら、侮らずに対戦しようと最初から決めていた。特に、一人相手に長く教えることは初めてのことだ。以前貴族の屋敷に出入りしたときは、ソフィアを中心に他にも二人の面倒を見ていたので、生徒と一対一でリブームを教えるのはティナとしても真剣勝負である。
「本当に?」
ロバートの確認する問いにうなずいてから、ティナは付け加えた。
「ですが、だからといってロバートさまに易々《やすやす》と勝っていただこうとは思っておりません。そこは私も工夫いたします。ロバートさまが勝ったら、私は質問に答えないといけなくなりますからね」
すると、ロバートはぱっと表情を明るくする。
「そうだった。俺が勝ったら、あんたは『主婦のくせにリブームを教えていて、しかも父上から連れ出されてここにいる理由』について教えないといけないからな」
「そういうことですから、頑張って勝負してくださいませ」
「絶対に勝って、教えてもらうからな」
ロバートがだんだんと勝負に意欲的になったところで、ティナは彼と「リブーム」をやってみることにした。
「さあ、大まかなルールが分かったことですし、早速やってみましょう。駒の動きを覚えるには、実際に動かしたほうが分かりやすいですから、必要に応じてその都度お教えいたします」
「分かった」
「ロバートさまは白をお選びになったので、先攻でございます」
「ということは、俺が駒を先に動かすということだな」
「はい。どの駒でも動かせる状態ではあるのですが、まずは流れを掴むために駒の動きも確認しながらやっていきましょう」
「それもそうだな。ちゃんと教えてもらおうじゃないか、『先生』」
「もちろんです。では……、手始めに☆を動かしてみましょうか」
「ウパロは……同じ形のものが四個あるやつだな」
「そうです。☆は前か後ろに、一回で最大二マス進むことができる駒です。つまり、前に一マス進めてもいいですし、二マス進めても構いません。ただし、駒のあるところを越えることはできませんし、駒が置いてあるところに別の駒を置くこともできません。これは☆以外の駒にも適用されます」
「どの☆を動かしてもいいのか?」
「構いません」
「じゃあ、これにするか」
ロバートは、隣にある☆を前に二マス動かす。
「いいですね。では、私も動かしますね」
ティナは、●の隣にある★を一マス前に動かした。
「あんたも同じ駒を動かすの? つまらないな」
動かしたマスの数はティナのほうが少ないが、ロバートからすれば、自分が動かしたところと同じ★を彼女が動かしたので、些細な違いだと思っているようである。
ティナは少し笑いそうになるのを堪えて、もっともらしい理由で誤魔化した。
「……まだ駒の説明が終わっていないので、あまり突飛な動きをしないようにしているだけですよ」
「あっそ。次は俺ね」
「はい」
「そうだなぁ……。なあ、□を動かそうと思うんだけど、この説明をしてくれない?」
ロバートが□の駒を指さして言った。
「□ですね。これは、前後左右一マスだけ進めます。そして、もう一つ特別なものを備えてるのです」
「特別なもの?」
「ええ。□だけは、単独である場合三方向から挟まなければ取ることができないんです」
「三方向?」
ロバートが首を傾げたので、ティナは自分の■を盤の開けたところに置き、ロバートの☆を三個借りて、■の前と両脇に、駒を置いて挟んだ。
「こういうことです。三方向というのは、三つの駒で挟まれたときのことを言います。ただし、これは■が単独であるときに有効です。隣に自分の駒——例えば★などが隣接している場合は、横が縦、もしくは斜めで一列になれば、相手は■を三方向から挟まずとも、両方を挟めば取ることができます」
そう言って、ティナは自分の■の隣に、まだ動かしていない自分の★を右に置く。
そして、ロバートの☆を二つ使って、■と★の両端を挟んだ。こうして一列になれば、■の単独のときに効果を発揮する「三方向から駒を取る」という条件は無効になる。
「だったら、□はできるだけ単独にして動かしていたほうが得ってことだな?」
得意げににやりと笑ったロバートに、ティナはにこりと笑い返した。
「上手く使えばそうなりましょう」
「それなら俺は、こう動かす」
そう言って、ロバートは□を一つ前のマスに動かした。
「では、私は◆を動かしますね」
ティナは、ロバートが自然と駒の名前を覚えられるように、動かす駒の名を言う。「リブームが初めて」という子に教えるときによくやることなのだが、それと同時に自分が養父に「リブーム」を教わったときにもよくやってもらったなと思い出す。
(私は物覚えが悪かったから、養父さんが「リブーム」の相手をしてくれるたびに、駒の名前を口の出して言ってくれたっけ)
ティナが「リブーム」を知ったのは、養女として貧しい農家の夫婦に受け入れてもらってからのことだ。
その家の夫婦はすでに五十歳を過ぎていて、自分たちの畑を手伝ってくれる働き手が欲しくて、彼女を実の親から引き取ったのである。




