第88話 船に乗った瞬間、沈んだ
ラザロの誤解は、さっさと解いておくことにした。
「違う。別に湖の水を抜くのが目的じゃないんだ」
俺は言い直す。
「ちょっと水属性の素材が欲しくてな」
するとラザロは、少し考えてから答えた。
「それなら月影湖の小島にあるダンジョンの最奥のモンスターが落としますよ?」
「……は?」
思わず聞き返した。
「月影湖?」
「……ああ、あの大きな湖の名前か」
言われてみれば、湖の名前まではちゃんと把握していなかった。
だが、それより引っかかったのは別の部分だ。
「小島なんてあったか?」
あの湖は何度か見ている。
だが、小島なんて記憶にない。
ラザロはそこも普通に答えた。
「あそこの湖は大きいですからね。だいぶ奥の方に行ったところに小島があります」
そして少し思い出すように付け足す。
「確か、手漕ぎですが船も借りることができたかと」
「……マジかよ」
それを聞いた瞬間、俺の中で一つの結論が出た。
釣りなんて完全に寄り道じゃねぇか。
釣りはいらなかったんだ。
水属性素材が欲しくて、あれだけ時間をかけて、糸を垂らして、糸を切られて、バルを溺死させてまでやったのに、答えは湖の奥の小島ダンジョンでした、はひどい。
「最初からそっち言ってくれよ……」
とはいえ、今さら言っても仕方ない。
わかった以上は行くしかない。
俺は再度、湖へ向かった。
そして外周をだいぶ移動して、奥の方まで進んでみる。
すると――
「……あった」
たしかに、小島が見えた。
しかも思っていたよりちゃんと島だ。
言われなければ気づかないくらい奥にあっただけで、存在自体は普通に確認できる。
「ラザロの情報、当たりか」
少しだけ見直した。
さらに、小島に一番近そうな位置まで寄る。
ラザロの話では、その近くに船を貸してくれるところがあるはずだった。
「……あ」
あった。
ちゃんと貸舟屋らしき場所がある。
船も見える。
なら、あとは簡単だ。
俺はそのまま男に声をかけた。
「あそこの小島に行きたいんですが、船を貸してくれますか?」
すると貸舟屋の男は、俺を見ても特に嫌な顔をせず、普通に答えた。
「保証金30,000モルで、一日3,000モルです」
「よし」
借りること自体はできるようだ。
ここも断られることを少し危惧していたので、それだけでだいぶ助かった。
「レンタルだからか?」
取引はやっぱり売買が駄目なのかもしれない。
保証金は船を返した時に返してもらえるらしい。
3,000モルなら大した金額じゃない。
そう思って、俺はそのまま借りることにした。
「よし、バル行くぞ!」
そして、借りた船を前にして、少しだけテンションが上がる。
「これがオールか」
ボートなんて乗ったことがない。
だから、ちょっとだけ楽しみだった。
俺は意気揚々と、借りた船に乗り込んだ。
バルと一緒に。
その瞬間だった。
船が沈んだ。
「……は?」
何が起こったのか、一瞬わからなかった。
だが、理解する間もなく船は転覆し、水の中へ放り出される。
「うわっ!?」
冷たい。
息が苦しい。
いきなりすぎる。
俺が溺れて死んだのか、バルが溺死したのか、それとも両方か。
そこはもう判別がつかなかった。
気づけば、拠点に舞い戻っていたからだ。
「……」
一瞬で、33,000モルが無為に失われた。
保証金30,000モル。
レンタル代3,000モル。
安くない金額だ。
「高ぇよ……」
しかも、ただ高いだけじゃない。
何も進展していない。
船に乗った瞬間に沈んだだけだ。
そこでバルを見る。
バルは一瞬こっちを見たあと、すっと目をそらした。
そのままくるりと後ろを向く。
「……お前、自分が原因だってわかってるな?」
返事はない。
だが、図星なのは丸わかりだった。
責める気にもなれない。
実際、原因はどう考えてもバルの重量だし、本人もそれは理解しているのだろう。
だからこそ、気まずそうに視線を外して背を向けたのだ。
「というか、もう一回あの船に乗るだけのモルは持ってないぞ?」
そこが一番ひどい。
いや、全財産が吹っ飛んだわけじゃない。
だが、少なくとも、気軽に再挑戦できる額ではない。
しかも問題は金だけじゃない。
そもそも、バル以外のモンスターなんていない。
だから、別のモンスターに変えることもできない。
「これのためだけに、れいにゃにお願いしてモンスターを仲間にするのも違うしな……」
そこまでして小島へ渡るのも、なんか違う。
いや、必要ならそういう選択肢もあるのかもしれないが、今はまだそこまでしたくない。
「まさか進化でこんなデメリットがあるなんて……」
でかくなった。
強くなった。
だが、船に乗れなくなった。
あまりにも予想外の欠点だった。
今日はもう、いい考えが思いつかなかった。
次にどうするかも、今の時点では全然見えない。
「……もういい」
俺は小さく息を吐いた。
「今日は終わりだ」
そうして、そのままログアウトした。




