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第9話 この世界の人間は死んだら終わりらしい

 正座したまま黙り込んだ俺を見て、クラリスはひとつ息を吐いた。


「普通の人間は、モンスターに殺されたらその時点で終わりよ」


 その声は、さっきまでより少しだけ落ち着いていた。


「加護持ちみたいに死に戻りなんてしないし、当然復活もしない。殺した側は普通に犯罪者になるわ」


「……」


 俺は黙って聞く。


 さっきまで反論の余地を探していたが、この話に関してはそういう気分にはならなかった。


「加護持ちの人間は大抵、私みたいに要職についていることが多いの。そもそも普通の人間がモンスターに勝てるわけがないんだから、人間に対してモンスターをけしかけるっていう発想自体が倫理的におかしいのよ」


「まあ……それはそうか」


 ゲームだから、で済ませていた感覚が少しずつ崩れていく。


 俺にとっては死んでも戻れる。バルに何度轢かれても、宿屋やリスポーン地点に戻されるだけだった。だから、さっきもあまり深く考えずに先手必勝だなんて言えた。


 でも、この世界の普通の人間にとっては違う。


 一回で終わりだ。


「最近は、あんたみたいな加護持ちが大量に入ってきて困ってるのよ」


 クラリスは腕を組んだ。


「死んでも戻るからって感覚が軽い。自分と同じように他人も戻ると思ってるやつもいる。そういうのが一番面倒なの」


「……異邦人、ってことか」


 思わず小さく呟く。


 クラリスはその言葉に特に反応しなかったが、意味は通じているのだろう。


 俺は少しだけ、背筋が寒くなった。


 今までやってきたことの全部が悪いとは思っていない。最初の卵については、本当にどうしようもなかった。あれ以外に方法がなかったのも事実だ。


 でも、人に対してモンスターをぶつけることについては、確かに軽く考えすぎていた。


「お前はまだ疑わしいけどね」


 クラリスがじろりとこちらを見る。


「話を聞く限り、自分のモンスターに積極的に無体を強いたいってわけじゃなさそうだし、人に対してモンスターをけしかけないっていうなら、このくらいで帰してやるわ」


「……帰してくれるのか」


「感謝しなさい」


「はい」


 素直に頷くしかなかった。


 別に俺は、モンスターに意味もなく無体を強いたいわけじゃない。他人を害したいわけでもない。ゲームとして最適解を探していただけで、そこに悪意があったわけではない。


 だが、それとこれとは別だ。


 この世界の人間が殺されたら、そのまま復活しない。


 それをここで知れたのは、正直かなり大きかった。


「危なかった……」


 思わず漏らす。


「何が?」


「いや、ここに来る原因になったやついただろ。帰ったらあいつにバルをぶつけてやろうかと思ってた」


 クラリスの眉がぴくりと動く。


「やっぱり危険人物じゃないの」


「いや、やらない。やらないから」


 今の話を聞いたあとでそんなことをしたら、普通に犯罪者だ。危うく帰ったら即前科持ちになるところだった。


 そう考えると、本当に危なかった。


 少し気が抜けたところで、ふと疑問が浮かぶ。


「なあ」


「何よ」


「俺は話を聞いた限り、そこまでじゃなかったから帰してもらえるんだろ。でも、もし本当にそういう思想に染まってたり、実際に犯罪者だったりしたらどうなるんだ?」


 聞くと、クラリスはあっさり答えた。


「この部屋の先に更生施設があるのよ」


「更生施設」


「そこで更生してもらうの」


 さらっと言うが、言葉の圧が強い。


 俺は何となく、閉ざされたままの奥の扉を見る。


 さっきまでダンジョンの奥に何があるのか少しだけ気になっていたが、今はもう気にならない。気になりたくもない。


「……俺には関係なさそうでよかった」


「本当にそうかしら?」


 ひどい。


 ひどいが、否定しづらいのがつらい。


 とにかく、ここは俺が思っていたような秘密のダンジョンではなかったらしい。少なくとも冒険者向けの攻略場所ではない。どう解釈しても、ここはそういう場所じゃない。


「じゃあ、帰る」


「そうしなさい」


 立ち上がって出口へ向かおうとすると、背中に声が飛んできた。


「あと、この場所のことは他の人間に話すんじゃないわよ」


 俺は足を止めて振り返る。


「なんで?」


「そういう思想のやつらが来なくなったら取りこぼすからよ」


「……ああ」


 なるほど。


 ここが危険人物の振り分け所みたいなものなら、存在が広まって避けられるのは困るのか。


 それはそれで理屈はわかる。


「わかった」


 俺は素直に頷いた。


 危険な人間が野に放たれたまま、というのは確かに危険だ。そういう連中はちゃんと捕まった方がいい。


 それに――


 俺だけこんな目に遭って終わり、というのは少し理不尽だとも思った。


 同じようなやつがいたら、同じようにここへ来て、同じように正座させられて説教を食らえばいい。


「何か今、変なこと考えなかった?」


「考えてない」


 反射的に答える。


 クラリスは疑わしそうな目を向けてきたが、追及はしてこなかった。


 俺はそのまま部屋を出て、エレベーターへ向かう。


 バルもいつものように、つかず離れずでついてきた。


 結局、この場所は何だったのか。


 秘密のダンジョンではあったのかもしれないが、少なくとも俺が期待していた意味でのダンジョンではなかった。それだけは確かだ。


「……ひどい目にあった」


 ぽつりと呟きながら、俺は上へ戻るボタンを押した。


 今度は、ちゃんと動いた。


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