第10話 初めてのPVP、売られた喧嘩は買ってやる
世界観に似つかわしくもないエレベーターで地上へ戻ると、俺は大きくため息をついた。
なんだろう、この徒労感は。
秘密のダンジョンだと思って入った先で待っていたのは、お悩み相談室と説教だった。何も得るものがなかったとは言わない。少なくとも、この世界の普通の人間にモンスターをけしかけたら普通に犯罪者になる、という知識は手に入った。だがそれだけだ。
しかも、あの場所を紹介してきたやつには仕返しもできない。
それをしたら俺が犯罪者になるのだから、余計に腹が立つ。
「はぁ……」
またひとつ息を吐く。
そんな時だった。
「だからぁ、れいにゃはそういうの、困るんだよぉ」
間延びした声が耳に入った。
見ると、少し離れたところで女性プレイヤーが男性プレイヤーに絡まれていた。頭上の表示を見るに、男はレグルス、女はれいにゃらしい。女のほうは明らかに嫌がっている。口調は妙にのんびりしているが、拒絶自体ははっきりしていた。
だがレグルスのほうはまるで聞こえていないみたいにしつこい。
「大丈夫だって。こういう世界だしさ、れいにゃみたいな子は危ない目にも遭いやすいだろ? だから俺が守ってあげるって言ってんの」
「れいにゃはそういうの求めてないんだよぉ」
「遠慮しなくていいって。俺の力、ちゃんと見せてあげるからさ」
……なんか、面倒そうだな。
そう思った俺は、その場を立ち去ろうとした。
別に正義感がないわけじゃない。だが、さっきまで変な場所で変な説教を食らってきたばかりだ。これ以上、厄介ごとに首を突っ込みたくない。
すると、そのレグルスの方がこっちに気付いた。
「おい、邪魔すんじゃねぇよ」
「いや、してないけど」
そもそも俺は立ち去ろうとしていたんだ。勝手にやってくれ。
そう思ってそのまま歩こうとしたら、今度は露骨な嘲笑が飛んできた。
「よっわw」
「逃げ足だけはいっちょ前だなw」
ぴたりと足が止まる。
……女性を助ける気は、正直そんなになかった。
だが、喧嘩を売られたなら話は別だ。
「その喧嘩、買ってやるよ」
言いながら、俺はレグルスを見た。
ゲームを始めてからというもの、やってきたのは周辺のモンスター相手の戦闘ばかりだ。正直、フラストレーションはかなり溜まっていた。秘密のダンジョンの件もあって、なおさらだ。
勝てる見込みがあるかと聞かれたら微妙だ。
だが、負けたとしても無駄じゃない。初めての対人戦で、自分の今の立ち位置くらいは見えるだろう。
そういう意味では利もある。
「へぇ、やんの?」
レグルスはにやにやしながら前に出てくる。
どうやら本気で俺を雑魚だと思っているらしい。
「ちょうどいいわ。れいにゃにも、俺の力を見せてあげるよ」
そしてそのまま、初めてのPVPが始まった。
開始早々、そいつは俺のモンスターを見て鼻で笑った。
「なんだその丸っこいの。戦えんの?」
「見た目で強さが決まるわけじゃないだろ」
実際、見た目のかっこよさで比べたらまず勝てない。
向こうのモンスターは見るからにそれっぽかった。いかにも強そうで、いかにも映える。対してこっちは球体だ。どう見てもネタ寄りである。
だが、見た目の性能が高いからといって強いとは限らない。
むしろ、そういうのは何度も見てきた。
レグルスは慢心しているのか、初手を俺に譲ってきた。
「先やっていいぜ」
「じゃあ遠慮なく」
俺はすぐにバルへ命じた。
「渾身の突進だ!」
バルが弾かれたように飛び出す。
そのまま一直線に相手のモンスターへ突っ込み――次の瞬間、相手は思いのほかあっけなく吹っ飛んだ。
「……え?」
俺も少し拍子抜けした。
そのまま相手のモンスターは倒れる。
一撃だった。
正直、ここまでとは思っていなかった。相手が弱いだけか? そう思ったが、向こうのレグルスは全然焦っていない。
「見た目は球体で馬鹿みてぇだけど、なかなか強いじゃん」
そんなことを言いながら、レグルスは肩をすくめた。
「でも、さっきのは召喚ガチャのハズレの方なんだよ」
負け惜しみみたいなことを言った直後、新しいモンスターが現れる。
どうやら今度が本命らしい。
「こっちが本命。珍しく空を飛べるやつでさ――」
レグルスは戦闘中だというのに、さっき絡んでいた女性に向かってぺらぺらと自分のモンスターの良さを語り始めた。
召喚で出たレア。空を飛べる優秀な個体。そういうことらしい。
全体の線は細く、いかにも重戦士みたいなゴツさはない。代わりに羽も姿勢も妙に整っていて、いかにも自分をかっこいいと思っていそうな見た目をしていた。
正直、見た目だけならちょっと羨ましい。
レグルス本人には似合っていないが、モンスター単体で見ればかなり当たり感がある。
「バル、先手必勝だ!」
俺はすぐに命じた。
だが、バルの突進は敵モンスターにかわされた。
そのまま相手はふわりと空へ上がっていく。
「うわ、届かねぇ」
バルが今持っている攻撃手段では、空を飛ばれると届かない。
そして敵モンスターは、上空から羽を飛ばしてきた。
鋭い羽がバルをかすめ、少しずつダメージが蓄積していく。
大したことはない。ないが、こっちは攻撃手段が届かない以上、じり貧なのは明らかだった。
向こうもそれがわかっているのだろう。
レグルスは余裕たっぷりに女性へ話しかける暇すらある。
「こういうのが本物なんだよ。わかる?」
「れいにゃはさ、こういうちゃんと守れるやつを選んだ方がいいって」
バルは明らかに怒っていた。
侮辱されていると理解しているのかもしれない。だが、相手は攻撃できる場所に降りてこない。どうにもできない。
空を飛ぶのは卑怯だ、と叫ぶのは簡単だ。
だがそれはただの負け惜しみでしかない。
俺は歯を食いしばって、バルに声をかけた。
「俺はあんなやつに、このまま何もできずに負けるのは嫌だ」
バルが一瞬だけこちらを見る。
「バル、お前はどうだ。悔しいか?」
羽が飛ぶ。
バルがまた傷つく。
「どうしても勝ちたいか?」
「気持ちだけで勝てるわけねぇだろ」
レグルスが笑う。
だが俺はそいつに話しかけているんじゃない。
「うるさい。今、俺はバルと話してるんだ」
バルは背中に攻撃を受けながら、それでも一度だけ俺を見た。
一度だけ。
まるで、今回だけだぞ、と言いたげな目だった。
……今度こそ、本当に通じ合った気がした。
「頼むぞ」
次の瞬間、バルがこっちへ向かってきた。
だが狙っているのは俺自身じゃない。俺の右手だ。
俺は迷わず踏み込んだ。
今まで何度も何度も繰り返してきた感覚がある。卵の頃から、バルになってからも、嫌というほどやってきた。
右手でバルを掴む。
そのまま、何度も繰り返した投球フォームで敵モンスターへ向かって投げつけた。
「行けぇっ!」
レグルスは口を開けたまま、何が起きたのかわからない顔をしていた。
だが遅い。
投げられたバルは一直線に飛び、空を飛ぶ敵モンスターへクリティカルヒットした。
鈍い音とともに、相手が地へ落ちる。
そこへ、着地したバルがそのまま突進で追撃した。
敵モンスターが消える。
撃破だ。
「……は?」
呆けたのは相手の方だった。
モンスターと俺を交互に見て、信じられないという顔をしている。
だが、現実は変わらない。
しばらくして、そいつの姿は霞のように消え始めた。
敗北判定なのだろう。
俺はその様子を見ながら、された時と同じように口の端を吊り上げた。
「逃げ足だけはいっちょ前じゃなかったのか?」
そのまま、勝ちを宣言する。
「俺の勝ちだ」
レグルスは、最後まで信じられない顔のまま消えていった。




