第11話 お礼は気にしなくていい
俺は勝利を噛みしめていた。
初めての対人戦。しかも、ただの言い合いではなく、売られた喧嘩を買った形だ。その結果として勝ったのだから、気分が悪いはずがない。
「やったな、バル」
そう言って横を見る。
バルはいつものように丸いままだったが、どことなく誇らしげに見えた。見た目が丸いせいで表情はよくわからないが、それでも今はそう見える。
まあ、実際よくやった。
最後の一撃は完全に息が合っていた。あれはもう、通じ合ったと言っていいだろう。
そう思っていたところへ、さっきの女性が近づいてきた。
「えっとぉ……助けてくれてありがとぉ。れいにゃっていうのぉ」
口調は相変わらず間延びしている。だが、顔は少し引きつっていた。
無理もない。絡まれていたところに、見た目が妙な球体モンスターを連れた男が現れて、喧嘩を買って、最後はその球体を投げつけて勝ったのだ。普通に見たらちょっと怖い。
「いや、別に」
俺は肩をすくめた。
「見捨てようとはしたんだけどな。相手がむかついたから買っただけだし」
ありのままをそのまま言う。
別にここで格好つける理由もない。助けるために飛び込んだわけじゃないのは事実だ。
それを聞いたれいにゃは、「あっ、うん。そうだよねー」と頷いた。
王道っぽく「気にしないで」とか言う感じではない。
本当に、気にする必要がないのだと理解した反応だった。
「じゃあ、そういうことで」
これ以上話すこともないだろう。
俺はそのまま別れようとして――次の瞬間、横から突っ込んできたバルに轢かれた。
「は?」
勝利の余韻も何もない。
視界が霞み、そのまま俺の体も消えていく。
最後に見えたのは、ぽつんと一人取り残されたれいにゃの、なんとも言えない顔だった。
次に目を開けた時、俺は見慣れた場所にいた。
「……だよな」
エレベーターのあるあの部屋だ。
さっきベッドで休んだせいで、今のリスポーン地点はここになっている。わかってはいたが、改めて戻されると少しだけ気が重い。
目の前にはバルがいる。
いつものように、つかず離れずの距離で。
「お前さぁ……」
俺はため息をついた。
「さっきは通じ合えたんじゃなかったのか?」
空を飛ぶ相手に届かない。
だから、バルが自分から俺の手に収まり、俺が投げた。
あれはどう見ても連携だった。そうとしか思えない。
だが、バルはじっとこちらを見ているだけだ。
「いや、投げられるのは嫌だったのかもしれないけどさ。でも、あれしか相手を倒す方法なかっただろ?」
そう言うと、バルが少しだけ震えた。
怒ったというより、何かを訴えている感じだ。
「……何だよ」
もちろん言葉は返ってこない。
だが、今までの流れで何となくわかることはある。
たぶんこいつは、投げられること自体を全部否定しているわけじゃない。
あの場では了承した。だからこそ、自分から俺の手に収まった。つまり必要だと理解した上でやったのだ。
でも、それはそれ。これはこれ。
了承した一回分と、あとで俺を轢くかどうかは別問題らしい。
「……面倒くさいな、お前」
思わず本音が漏れる。
だが、少し考えればそれもそうかもしれない。あの場では必要だったから協力した。だが協力したからといって、こっちへの不満が全部消えるわけではない。
そういうことなのだろう。
「でもまあ、あれしか方法がなかったのも本当だろ」
俺がそう言うと、バルは否定しなかった。
少なくとも、またすぐに突っ込んでくる気配はない。
「……じゃあ和解ってことでいいか?」
聞いてみる。
バルは少しだけ間を置いて、それから俺の横へ来た。
「おお」
今度は素直だ。
いや、素直という表現でいいのかわからないが、少なくともさっきみたいに勝利の余韻ごと轢き潰す勢いではない。
「よし。じゃあ次からは油断しない」
これだ。
調子に乗って隙を見せると轢かれる。勝ったあとでも終わりじゃない。ちゃんと最後まで気を抜かない。バルとやっていくなら、そのあたりはもう学ぶしかない。
ちょうどリスポーン地点でもあるし、そのまま俺は成長の確認をすることにした。
「さっきので何か増えてるか?」
メニューを開き、まずはバルの項目を見る。
すると、見慣れないスキルが増えていた。
「『丸くなる』……?」
思わず読み上げる。
名前だけ聞くと、いやお前最初から十分丸いだろ、という感想しか出てこない。だが説明を見れば、どうやら防御力を上げる系のスキルらしい。
「防御アップか」
悪くない。悪くないのだが――
「……いや、これ投げやすくなる感じでもあるな?」
丸くなる。
より丸くなる。
つまり、手に馴染む。投げやすい。そういう方向でもある気がする。
「これ、今後も投げろってお告げでは?」
俺がそう呟くと、バルが横で何とも言えない気配を出した。
否定しているのか、諦めているのかはわからない。
だが、少なくとも今後も投げる場面はあるだろう。空を飛ぶ相手とか、明らかに普通の突進じゃ届かない相手が出てきたら、たぶんまたやることになる。
「まあ……その時はその時だな」
今ここで決める話でもない。
ひとまず成長があったのは良いことだ。対人戦をやった意味もちゃんとあったらしい。
そうして一息ついたところで、いつの間にか横にいたクラリスが口を開いた。
「ちょっと、早く出て行ってくんない?」
「うわ、いたのか」
「いたわよ。ずっと」
相変わらず圧が強い。
俺は余計なことを言う前に立ち上がった。
「すみません」
「本当にね」
即答だった。
辛辣だが、ここで揉める理由もない。俺はバルを連れて、また同じ手順で外へ出ることにした。
エレベーターに乗り、上へ戻る。
地上へ出ると、さっきまでいたはずのれいにゃの姿はもうなかった。
「まあ、そりゃそうか」
あの場に一人で置いていかれたら、普通は帰る。
むしろまだ残っていた方が驚く。
俺は少しだけ周囲を見回したあと、そのまま街へ戻った。
今日はもう十分だろう。
秘密のダンジョンだと思った場所で説教され、対人戦をやって、勝って、最後にバルに轢かれた。情報量が多すぎる。
「リスポーン地点だけ戻しておくか」
さすがに、次に死んだ時まであのエレベーター前に戻されるのは勘弁してほしい。
俺は宿屋へ向かい、元のベッドで休んだ。
これでリスポーン地点も更新されたはずだ。
「よし」
バルは横で静かにしている。
今日はこいつも色々あっただろう。俺もあった。
なんだかんだで、また少しだけ相棒っぽくなった気もする。気のせいかもしれないが、前よりは確実に一緒に戦っている感覚がある。
「じゃあ今日は終わるか」
そう呟いて、俺はログアウトした。




