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第8話 お悩み相談室で正座させられた上に全部論破された

 よく見ると、般若の角は気のせいだった。


 怒りの雰囲気がそう見せていただけらしい。いや、気のせいで済ませていい迫力ではなかったが、とにかく本当に角が生えていたわけではないようだ。


「……あの」


 恐る恐る話しかけようとした、その瞬間だった。


 漢女が何かを発した、と思った次の瞬間には、俺の体は壁まで吹っ飛ばされていた。


「がっ――」


 衝撃が重い。


 いつもバルから食らっている体当たり以上の一撃だと理解した時には、もう遅かった。


 視界が暗転する。


 そして次に意識が舞い戻った時、俺はいつもの感覚を覚えていた。


 ああ、これ、リスポーン地点に戻った時のやつだ。


 だが、いつもと違う点がひとつだけある。


 目の前に、にこやかな顔をした漢女がいる。


「……え?」


 見下ろされていた。


 どうやら俺は倒されたらしい。


 いや、それはわかる。わかるが、なぜ倒した相手がそのまま目の前にいるのか。というかここ、リスポーン地点だったのか?


 混乱している俺の頭を、漢女ががしっと掴んだ。


 そのまま軽々と持ち上げられる。


「ゆっくりと、話が聞ける状態になったかしら?」


 その言葉で、俺はようやく認識した。


 相手はモンスターじゃない。


 人間だ。


 どう見ても普通ではないが、とにかくモンスターではないらしい。


 そのあと俺は床に下ろされ、正座させられた。


 正座のまま、お悩み相談室についての説明を受けることになる。


「ここはね、モンスターを虐待していたり、人にモンスターをけしかけていたり、そういう悪の道に進んでいる人間に勧められる場所なの」


「は?」


 思わず変な声が出た。


 だが漢女は気にせず続ける。


「そういうことをするのは、心に何か病を持っているんじゃないかって話よ。だからこその、お悩み相談室。ほかにも、やっちゃいけないことを知らずにいるだけなら教える場所でもあるわ」


「……」


 いや、待て。


 それってつまり、俺はそういうやばいやつ認定でここに送り込まれたってことか?


 正直、扉を開けていきなりこの人がいたら、モンスター扱いしてもおかしくないと思う。


 思っただけだ。口には出していない。


 なのに殴られた。


「いてっ!?」


「今、失礼なこと考えたわね?」


「なんでわかるんだよ!」


 思わず叫ぶが、取り合ってもらえない。


 横を見ると、バルは部屋の中を駆け回っていた。その後ろを、ぬいぐるみみたいにかわいらしい小型のモンスターがちょこちょこと追いかけている。どう見てもこの漢女には似つかわしくない相棒だ。どうやらこの漢女にもモンスターがいるらしい。さっき見逃しただけで、近くにはちゃんといたようだ。


 まあ、この人がいたらそっちに目が行くのも仕方ないと思う。


 表情は変えていない。今度こそ何も出していないはずだ。


 なのにまた殴られた。


「だからなんでわかるんだよ!?」


「顔に出てるのよ」


「出てないだろ!」


 いや、出てるのか?


 それはともかく、見た目通りに暴力的すぎる。


 こっちはただ事情を説明してもらっているだけのはずなのに、会話の途中で普通に拳が飛んでくる。相談室の中身が全然優しくない。


「あと、私はクラリス。人を漢女みたいに思うなら、せめて名前で呼びなさい」


「読まれてる!?」


 しかもクラリスって。名前まで見た目に似つかわしくねぇ。


「昔はもっと優しくやってたんだけどねぇ」


 クラリスが小さくため息をついた。


「来るのが面倒なのばっかりで、舐められないようにしてたらこうなったのよ」


「相談室ってそんな世紀末みたいな場所なのかよ……」


 いや、今はそこを掘り下げている場合じゃない。


 俺は気を取り直して、弁明することにした。


「そもそも、最初のモンスターに卵を与えられたんだよ」


 クラリスの眉がわずかに動く。


「卵?」


「そうだ。普通に戦えるモンスターじゃなくて、最初から卵だった。だから試行錯誤したんだ。どうやったら孵るのか、何をすれば進むのか、その場その場でできる範囲のことをやった」


 暖炉に入れたことも、水に沈めたことも、重りを乗せたことも、敵に投げたことも、全部伏せずに話した。


 言っていて、自分でも改めてひどいなと思う。


 だが、当時は本当にそれしかなかったのだ。


「その結果、ちゃんと孵化した。今ではこうして信頼も築けてる」


 そう言って、部屋の中を駆け回るバルを見る。


 バルは相変わらず元気だ。たまにこっちを見ている気もする。


 俺の主張を聞いたクラリスは、ばっさり言い切った。


「卵が孵ったのは時間経過よ」


「……は?」


「信頼を築けていると思っているのは、あんただけ」


「……」


 言葉が刺さる。


 だが、まだ終わらない。


「それと、人に対してモンスターで攻撃するのは倫理的にまずいことよ。私やあんたみたいな加護持ちでないと、そのまま死ぬわ。犯罪行為なの」


「加護持ち?」


 聞き返す。


 その単語は初耳だった。


 いや、ゲーム的には何かしらの保護判定があるんだろうとは思っていた。プレイヤーだから死んでも戻る、くらいの認識はある。だが、それを加護と呼ぶのか。


 そして、そこまで言うなら疑問も出る。


「じゃあ、なんでさっきは俺に対してモンスターで攻撃したんだよ。俺が加護持ちだって、どうしてわかるんだ?」


 聞くと、クラリスはあっさり答えた。


「やられたからやり返したの」


「うわ」


「そもそも加護持ちでなくとも、あんたは十分やばいやつだから正当防衛よ。死んだら死んだで、それはそれで解決だったし」


「ぐっ……」


 ぐうの音も出なかった。


 言い返したい。言い返したいが、実際、扉を開けた瞬間にバルへ突進指示を出していたのは事実だ。先に仕掛けたのは完全に俺である。


 しかも理由が、見た目が強敵っぽかったから。


 弁明の余地が薄い。


 正座したまま、俺は黙り込むしかなかった。


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