第7話 秘密のダンジョンで先手必勝を決めたら、もっと怖いのがいた
扉を閉めた俺は、そのまま速攻でエレベーターに飛び乗った。
上の階のボタンを連打する。
「戻れ、戻れ、戻れ!」
だが、何度押しても反応がない。
ぴくりとも動かない。
「くそっ! 騙された!」
俺のワクワクドキドキの一発目の冒険が、こんな変なところで汚されるとかどういうことだよ。あのNPC、帰ったら絶対に覚えてろよ。
いや待て、落ち着け。落ち着いてどうするか考えろ。
バルに攻撃してもらって死に戻りするか?
そこまで考えて、俺は頭を抱えた。
「更新しちまった……!」
さっき、何も考えずにベッドで休んだせいで、リスポーン地点はここだ。今ここで死んでも、どうせまたこのお悩み相談室の前に戻ってくるだけである。
最悪だ。
「こんなことなら先を見てから様子見すればよかった!」
いや、普通思わないだろ。秘密のダンジョンに入った先が、あんな筋肉隆々の漢女がいる悩み相談室だなんて。
エレベーターの中で頭を抱えていると、さっきの扉の方からノックの音が聞こえた。
こん、こん、と、妙に落ち着いた音だ。
「……入ってこいってことか?」
だが、まだ心の準備ができていない。こっちはいきなりのことで混乱しているんだ。せめてもう少し考える時間が欲しい。
俺は息を潜めたまま、そのままじっとしていた。
しばらくするとノックの音は止み、部屋は静けさを取り戻した。
「……よし、考えよう」
ログアウトしても意味はない。戻ってきたらここだ。つまり、このダンジョン……でいいのか? とにかくここをどうにかする必要がある。
だとすると、敵はさっきの漢女なんだろう。
そこまで考えて、俺はふと首を傾げた。
「……いや、待てよ」
冷静に考えれば、人型モンスターなんてゲームでは珍しくない。
むしろありがちだ。人に近い見た目の敵、擬態型、ボス系、そういうのはいくらでもいる。
それに、この世界はモンスターと共に生きている設定だった。街でも、NPCの近くには何かしらモンスターが寄り添っていた。トレーニング施設でもそうだったし、草原の周りでも似たような感じだった。
だが、さっきの筋肉隆々の漢女の近くには、モンスターがいなかった。
……はずだ。
「つまり、あれ自体がモンスターか」
それなら世界観的にも辻褄は合う。
そうか。なるほどな。見た目に騙されたが、あれはNPCじゃない。人型モンスターだ。そう考えると、一気に話がわかりやすくなる。
「いきなりボスモンスターレベルとはやってくれる」
このエレベーターが動かないのも、きっとそういう仕様だ。
魔王の前からは逃げられない、みたいな。そういう演出なのだろう。だったらやることはひとつだ。
「先手必勝だな」
敵は強敵。
なら、まともに相対してから考えるのは悪手だ。相手が態勢を整える前に全力で叩くしかない。
俺は振り返って、バルを見た。
「バル」
呼びかけると、バルは丸い体をこちらに向けた。
「相手は強敵だ。今まで戦ってたやつらとは格が違う。草原の連中なんてゴミだったと思えるくらいの強敵だろう」
俺はしゃがみこんで、バルと視線を合わせる。
「ここは力を合わせるべきだ。指示を聞いてくれ」
バルはじっとこちらを見ていた。
そして珍しく、妙に素直だった。俺の気迫に押されたのか、それとも相手の強さを察したのか。とにかく今は反抗の気配が薄い。
「よし、いい子だ」
俺はそのまま作戦を伝える。
「今から俺があの扉を開ける。そしたら、漢女が見えた瞬間、何も考えず渾身の突進を食らわせろ。わかったな?」
バルが小さく震えた。
たぶん頷いたんだと思うことにした。
「よし……行くぞ」
俺はゆっくりと立ち上がり、扉へ向かう。
深呼吸を一つ。
手をかける。
その瞬間だった。
扉が外側から蹴破られた。
「さっさと入ってきなさいよ!」
太い声が響く。
「うおっ!?」
完全に予想外だった。
俺は一瞬、あっけに取られて固まる。
だが、その横でバルは違った。
敵の姿が見えた瞬間、何も考えずに飛び出した。
「バル!」
今までで一番の勢いだった。
丸い体が一直線に突っ込み、渾身の突進が漢女のど真ん中に炸裂する。
鈍い衝撃音。
巨体が吹っ飛ぶ。
「最高だぜ! バル!」
俺が固まっている間に、こいつは最高の仕事をしてくれた。やる時はやるじゃないか。やっぱり相棒なんじゃないか。
吹っ飛ばされた敵が体勢を立て直す前に、次の指示を出そうと俺は口を開きかけた。
だが、その必要はなかった。
漢女はそのままあっけなく消えた。
「……え?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
まさか。
強敵だと思っていたが、そんなでもなかったのか? 見た目はどう見てもボスっぽかったのに。
そう考えた矢先だった。
気配を感じて、俺はゆっくり振り向く。
先ほどまで誰も寝ていなかったベッドの上に、それはいた。
にこやかな笑顔。
だがその額には、般若のような角。
笑っているのに恐ろしい。優しそうなのに怖い。意味がわからない。というか、さっきより怖い。
その恐ろしい漢女は、ベッドの上でこちらを見ていた。




