第80話 頭に血が上った相手に有効な技
なんか聞いてた話と違う気がするが、特別なトレーニングとやらはしてくれるようだし、してもらうことにした。
レーニーの「ついてこい」という言葉に従って、俺はバルと一緒に扉の奥へ進んだ。
そこにあったのは、ベッドと、一風変わっただだっ広い空間だけの部屋だった。
「……嫌な予感しかしないな」
こういう感じ、前にもあった。
クラリスのところと似ているんだ。
見た目は簡素なのに、中で何をされるのか全然読めない感じが。
そして次の瞬間、ガチャリという音がした。
扉の鍵が閉められた音だ。
「はい、嫌な予感的中」
とりあえずわかったことは一つだけだ。
今後の展開が、俺にとって望ましくない方向へ進むだろうということだけである。
とはいえ、虎穴に入らずんば虎子を得ず、なんて言葉もある。
危険を冒さなければリターンも得られない。
嫌な予感しかしないが、レーニーの言う通りリスポーン地点を更新した。
どうせこういう場所で拒否しても、余計に面倒になるだけだろうしな。
レーニーは、更新が済んだことを確認すると、今度は俺の足首や手首に重りのようなものを取り付けてきた。
「……ああ」
ここまで来れば、流石にわかる。
「これ、バルのトレーニングじゃなくて俺のトレーニングだな?」
嫌な方向で予感は当たったらしい。
そしてレーニーは何の躊躇もなく告げた。
ここから、俺と一緒に、この広い部屋を、こいつが「ここまで」と言うまで走ること。
それが第一のトレーニングだと。
「思ってたのと違う……」
もっとこう、バルに対して特別なメニューがあるのかと思っていた。
まさかプレイヤー本人が鍛えられる側に回るとは思わないだろう。
だが、このまま逃げ帰っても収穫はない。
それに、リスポーン地点を更新させられている時点で、拒否してもたぶん話は進まない。
最終手段はログアウトだが、こういうのって特別イベントっぽい気もするんだよな。
だったら、もう少し付き合ってみるしかない。
「……やるしかないか」
走り始める。
重い。
速度が出ない。
しかも普通に体力が減っていく。
「このゲーム、妙にその辺だけ生々しいんだよな……」
痛みとか、疲れとか、そういう感覚がやたら反映される。
このゲームの嫌なところでもあり、妙なところでもある。
何周か走ったところで、流石にきつくなってきた。
すると、そこでレーニーが、さっきバルを抱きしめた理由について説明を始めた。
「説明するなら始まる前か終わった後にしてくれ……!」
走りながら聞かされても、集中できないし、普通に息がしんどい。
だがレーニーは構わず続けた。
曰く、モンスターには育成限界というものがある。
それ以上育成できないからこそ、育成限界だ。
だが、この子は限界をはるかに超えてしまっているのだと。
それがどれだけ危険なことかわかっているのか、と。
そもそも普通のトレーニングでは不可能なはずで、各トレーニング施設のトレーナーが止めるはずだ、と。
一体何をやったんだ、吐け、と。
吐き終わるまで延々と走らせ続けるからな、とまで言ってきた。
「いや、聞けば普通に説明するんだが!?」
こっちは別に隠す気はない。
というか、吐けとか言われるほどの秘密でもない。
ただ、今それを言うには、走りながらなのがきつすぎる。
俺はそのことを指摘しようとしたが、レーニーは聞く耳を持たない。
熱くなりすぎだろ、こいつ。
血が上りすぎて、全然こっちの話を聞こうとしない。
「だから話を聞けって!」
立ち止まろうとすると罵声を浴びせてくるし、最初から聞く気がないとしか思えない。
もはや会話ではない。
ただの説教ランニングだ。
「……どうする」
レーニーも、イベントに出ていたことを考えると、NPCではあるが加護持ちだろう。
ぶっ飛ばしてから話を聞かせるか?
……いや、それは流石に悪化しそうだ。
こいつ相手に力で止めるのは、どう考えてもろくなことにならない。
「しょうがない……」
ちょうどリスポーン地点も更新したばかりだ。
だったら一番手っ取り早い方法がある。
俺は一緒に走っていたバルの方を見た。
「バル、俺に向かっていつものやってくれ」
バルは少しだけこちらを見た。
ダイエットのためか、トレーニングのためか、一応一緒に走ってはいたらしい。
そして、俺が命令した瞬間、レーニーは身構えた。
モンスターが前へ出て、かばおうとする。
「違う違う」
狙いはお前じゃない。
俺だ。
バルの攻撃が直撃した瞬間、俺の視界はいつものように霞になった。
そして次に気づいた時には、さっきのベッドの上で蘇っていた。
「……よし」
これで少しは、レーニーも話を聞いてくれるだろうか。
少なくとも、走りながら一方的に怒鳴られる状況は終わったはずだ。
そう思ったところで、目の前に表示が出た。
称号『一線を越えた鍛錬者』を獲得しました。
「なんか余計な称号が手に入った……」
どういう判定なんだよ。
いや、まあ、たしかに普通のやつはトレーニングの途中で自分のモンスターに殺してもらって会話をリセットしたりはしないだろうけど。
そこでレーニーの方を見る。
さっきまであれだけ頭に血が上っていたのに、今は信じられないものを見るような目になっていた。
「……やっぱ会話を中断させるにはいいやり方だよな?」
少なくとも効果は抜群だ。
今度から名前でもつけるか?
アンカーチャージみたいに、俺に対してバルに攻撃させる技として。
「リセットとかどうだろう」
使う場面、これからも多そうだしな。
今度ちゃんと覚えさせよう、と思いながら、俺は改めてレーニーの方を見た。




