第78話 同じ育成プレイヤーに話しかけられた
トレーニング施設に着いて、俺はまずバルを走らせることにした。
直接トレーナーへ話しかけてもいいんだが、あいつら、俺が近づくと露骨に嫌そうな顔をするんだよな。
前に来た時は、走らせようとしたところで向こうから声をかけてきた。だったら今回も同じ流れで、向こうから止められた時にでもダイエットについて聞けばいい。
「バル、走れ」
そう指示すると、大玉の体がそのまま施設内のトラックへ転がっていった。
……止められない。
普通に走っている。
「……あれ?」
思わず声が漏れた。
前は、何かやろうとするとすぐトレーナーに止められたはずだ。なのに今回は、何事もなかったみたいに走っている。
「止められなかったな……」
そこで少し考える。
もしかして、これ実は進化じゃなくて、肥満とか別の何かだったりするか?
いや、流石にないか。
肥満でこんな大きさまでいくとは思えないし、見た目もただ太ったというより、存在そのものが一回りどころじゃなく変わっている。
だとしたら、考えられるのは別の方向だ。
「進化によって、育成がまたできるようになった……とか?」
その方が自然だった。
前は育成限界だと言われた。
でも進化したことで、またトレーニングできるようになった。
それなら辻褄は合う。
さすがに今までの積み重ねが全部無駄になった、とは考えにくい。だったら、育成値が初期化されたというより、上限が増えたとか、段階が一つ進んだとか、そういう感じなんだろう。
「……その方が納得できるな」
考えているうちに、バルが戻ってきた。
ならそのまま、と俺は残りのトレーニングも満遍なく利用させることにした。
前みたいに走り込みだけじゃなく、他のメニューも試していく。
今のバルに必要なのがダイエットなのか、単純に進化後の再育成なのかはまだわからない。だが、できることを片っ端から試していくしかない。
そうして何度かトレーニングをさせているうちに、珍しく声をかけてくるやつがいた。
NPCがこっちに話しかけてくることなんてほとんどない。だから最初からプレイヤーだろうとは思ったが、やはりそうだった。
「ノーフェイト……だよな?」
「そうだけど」
そいつは少し緊張したような顔で言った。
曰く、大会で俺の戦いをずっと見ていたらしい。
同じ育成タイプのやつらは、すぐに沈んでいた。基本的に最初の数ポイントが取れればいい方だったと。こいつ自身、育成タイプの中では珍しく十ポイントを取れたらしいが、そのあと召喚のやつに軽くひねられたそうだ。
「育成って基本、養分じゃないかって思ってさ」
そんなふうに愚痴りながら観戦していたら、ランキングに一人だけ、同じ育成タイプのはずなのに一位まで行っているプレイヤーがいた。
何が違うんだろうと思って見ていたらしい。
「なるほどな」
少しは見どころがあるじゃないか。
というか、十ポイントで高いって、いくら召喚優遇とはいえ、育成不遇すぎでは?
俺が思っていた以上に、育成って全体的に悲惨だったのかもしれない。
そいつは、探していたわけじゃないが、いつも通っているこのトレーニング施設で俺を見かけたので、思い切って声をかけたらしい。
「育成タイプで、そこまで強くなった理由を教えてくれないか」
もちろんただとは言わない。何かできることがあったら言ってくれ、と。
正直、教える義理はない。
というか、教えたところで同じことができるとも思えない。
デメリットも大きすぎるし……いや、それを加味しても、何か得られるなら交渉してもいいか?
俺は少し考えてから答えた。
「教えるにしても、俺にメリットが欲しい」
そいつの顔が少し強張る。
「何か貴重なアイテムか情報をくれるなら教えてやってもいい」
そこまで言ってから、念を押す。
「ただし、この情報は正直、お前の役に立つとは限らない。それでもいいならだ」
さらにもう一度、はっきり言っておく。
「本当に役に立つとは限らないからな?」
それを聞いたそいつは、しばらく黙り込んだ。
何か思い出したみたいな顔をして、それから口を開く。
「……こっちも、役に立つかわからないけど、ちょっとレアな情報ならある」
「なるほど」
まあ、正直、俺の方の情報も使えるかと言われたら微妙な気はする。だったら元手ほぼゼロで情報交換できるなら、悪くない。
「じゃあ交渉成立な」
俺から先に話すことにした。
後で向こうにぐだぐだ言われるのが面倒だったからだ。
「俺のは、卵での強制トレーニングのことと、前にここへ来た時、育成限界だって言われたことだ」
そこから、卵の時に無理やりトレーニングしていたこと。普通のモンスターとは違って、卵の段階で積めるだけ積んでいたこと。だから育成限界まで行くのも早かったこと。
そのあたりをざっくり話した。
そいつは少しアレな顔をした。
今まで何度も見てきた顔だ。
引いてるけど、納得はしてる、みたいなあの顔。
もう慣れた。
だが、説明自体にはちゃんと納得したようだった。
そいつ自身も毎日トレーニングへ通っているらしいが、最初の頃は一日一回が限度だったそうだ。
……そんな制限あったのか。
俺は卵の時に強制的にトレーニングしていたから、そこは普通に知らなかった。
しかも、そいつは毎日毎日通うことで、「教官」「鬼教官」といった称号を取得して、今では一日三回もトレーニングできるようになったらしい。
「へぇ……」
俺はそんな称号もらってねぇな。
代わりにもっと閻魔とか、そういう別方向でやばそうな称号はもらったが。
とりあえず、向こうは向こうで俺の強い理由に納得したようだった。
「じゃあ今度はそっちの番だ」
俺がそう言うと、そいつも頷いた。
「このトレーニング施設にもトレーナーはいるけど、中央のトレーニング施設には長がいる」
「レーニーか」
イベントの時に見たから、そこは知っている。
「そのレーニーは、他のトレーニング施設とは別で、特別なトレーニングができるみたいなんだ」
「みたい?」
「行っても、お前のモンスターには早すぎる、って言われて、実際にできたプレイヤーはいないらしい」
「……なるほど」
それは確かに、レアではある。
しかも俺からすると、有用かもしれない。
今のバルならいけるんじゃないか、と思ったからだ。
育成限界を越えて、進化後の再育成に入っているなら、普通のトレーニング施設ではなく、中央の特別メニューってのは十分あり得る。
「悪くない情報だな」
俺はそう言って、その場でバルのトレーニングを切り上げることにした。
中央のトレーニング施設へ行ってみる価値はある。
だから、そのプレイヤーとはそこで別れた。
そして歩きながら、ふと思い出す。
「……あ」
そういえばあいつに、デメリットの方を話すのを忘れていた。
卵での強制トレーニングは、単に強くなるだけじゃない。周囲からの印象も悪くなるし、実際、俺は狂人扱いまでされている。
だが――
「……まあ、いいか」
あれは俺が特別やばいことをしてたからだろうし、そこまで気にしなくてもいいか。
少なくとも、普通のプレイヤーが何度もトレーニングする程度なら、俺みたいにはならない……はずだ。
たぶん。
そこは少しだけ不安だったが、今さら追いかけて言うのも面倒だった。
そんなことより、今は中央のトレーニング施設だ。
俺はそのまま足を速めた。




