第76話 バル動きます
バルは、道中でうなだれていた。
改めて見て思う。
「……これ、邪魔だな」
よく考えたら、普通に通り道にいるのだ。
しかも体積がでかい。
以前のバルなら、ちょっと脇にいれば済んだ。だが今は違う。通路の端に寄っているつもりでも、でかい大玉が沈んでいるだけで圧があるし、実際に他のNPCたちも少し遠回りして通っていた。
邪魔である。
本人は落ち込んでいるだけなんだろうが、知らない側からしたら、ただの通行妨害だ。
そんなバルを見たれいにゃの、開口一番の感想はこれだった。
「でっか……」
「だよな」
それ以外に言いようがない。
そのあと、れいにゃは改めてバルを見て、ぽつりと言った。
「沈んでるねぇ」
「それは見ればわかる」
俺もそこは否定しない。
というか、それで困っているから呼んだのだ。
一応、ここまで来る間に、バルがどうしてこうなったのかについての想定は話してある。
進化したこと。
その結果が、ただ大きくなっただけだったこと。
それで本人がへこんでいるらしいこと。
その話を聞いたうえで、れいにゃが最初に気にしたのは餌だった。
れいにゃは自分のインベントリから餌を取り出して、バルの近くへ持っていった。
するとバルは、自分にもらえたのだと思ったのか、すぐに食いついた。
「……ほらな」
俺はれいにゃに言う。
「餌を食べる時だけ動くんだよ、こいつ」
今まであれだけ何を言っても動かなかったくせに、餌だけはしっかり反応する。
やる気がないのか、あるのか、どっちかにしろと思う。
れいにゃは餌を食べているバルを見ながら、俺に聞いてきた。
「今日は何個ご飯食べさせたのぉ?」
「多分、七個か八個くらい」
「そんなにぃ?」
「今日だけじゃなくて、イベントの時も結構食ってる」
俺は、バル付きチェーンフレイルを使った時のことも含めて話した。
イベントでチェーンフレイルを使うたびに機嫌取りで餌をやっていたこと。
その前の検証でも、かなりの数を食わせたこと。
そこまで聞いたれいにゃは、少し考えるような顔をしたあと、妙なことを言った。
「それだけご飯食べさせられるのが、おかしいんだよねぇ」
「……何を言ってるんだ?」
俺は普通に首を傾げた。
「餌を与えたら与えただけ食べるぞ?」
実際そうだった。
バルは出せば食う。
なくなるまで食う。
止まらない。
だが、れいにゃは首を横に振った。
「普通はそうじゃないよぉ」
れいにゃ曰く、餌は基本一日一回らしい。
大食いという特性を持っている、れいにゃの大きい方のモンスターですら、三回が限度だという。
それ以上は食べることができないし、食べようともしない。
「なのに、そんなに無尽蔵に食べられるのがおかしいんだよねぇ」
「……」
言われてみれば、たしかにそうだ。
だが、バルは実際に食っている。
なんなら、今から追加を渡しても食べるだろう。
れいにゃは、餌を食べているバルを見ながら、そのまま考えを口にした。
「想像でしかないけどねぇ?」
前置きしてから続ける。
「進化自体は、たぶん言ってた、たくさん戦って、ってやつで条件を満たしてたんだと思う」
そこは俺も同意だった。
イベントでかなり戦った。
強敵ともやり合った。
だから進化した。
そこまでは自然だ。
「でもぉ」
れいにゃは餌を持ったまま、少しだけバルを指さした。
「普通は一日一回で、特性があっても三回までのご飯を、短期間にそれだけ食べたんだったらぁ、それが影響して今の姿になったんじゃないかなぁ?」
「……ああ」
俺はそこで、素直に納得してしまった。
聞いている限り、影響していないとは思えない。
むしろそれが原因だろう。
進化の条件自体は戦闘で満たした。
だが、その進化先の姿に、異常な食事量が影響した。
そう考えると、今のバルの「ただでかい大玉」っぷりにも妙な納得感が出てくる。
バル付きチェーンフレイルのことも、影響していないとは言い切れないかもしれない。
だが、あれは大きさそのものに直結する話ではない。
やはり一番怪しいのは餌だ。
そして、それを聞いたバル本人は――口元にあった餌を、ぽとりと落とした。
「……お」
俺は思わずそっちを見る。
本人には、まったく想定外だったのだろう。
進化したのはたくさん戦ったから。
それ自体はたぶん合っている。
だが、その結果の姿が、餌の食わせすぎでこうなったかもしれない。
そこまでは思っていなかったらしい。
俺はここがチャンスだと思った。
「バル」
声をかける。
「このまま餌を食べるだけのお前だと、さらに巨大に大きくなることはあっても、その体が変わることはないんだろうな」
わりとひどいことを言っている自覚はある。
だが、今はこれくらい言った方が効くだろうとも思った。
バルは、落とした餌を見た。
それから一度、口に含んで――
今までてこでも動かなかったくせに、のそのそと動いてきて、いつも通りの位置、つまり俺の横まで移動した。
「……動いたな」
思わずそう漏れる。
れいにゃのおかげで、どうやら解決したらしい。
いや、完全に解決したかはまだわからない。
だが少なくとも、うなだれて動かない状態からは脱した。
それだけでも十分すぎる前進だ。
れいにゃは少し得意そうだった。
まあ、ここまできれいに刺さるなら、そういう顔にもなるか。
俺はそんなバルを見下ろしながら、ひとつだけどうしても言いたくなった。
「……だがバルよ」
口元にまだ餌がある。
「それだけ言われても、餌は残さず食うんだな」
そこは変わらないらしい。




