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第72話 無料券が使えるかもしれない

 バルに発破をかけても、餌で釣っても、バルは動こうとしなかった。


 餌だけはしっかり食べたが。


「……食うんかい」


 思わずそう漏れる。


 いや、食うのはいい。食欲があるならまだマシだとも言える。問題は、そのあとだ。食べ終わったら、またうなだれるだけなのである。


 しかも、残り少なかった餌のストックもそこで尽きた。


「これ、買いなおさないと餌で釣ることすらできないんだが……」


 とはいえ、餌を与えたところで動かないのでは、それはそれで無駄な気もする。


 どうすればいいんだ、こういう時。


 ゲームだから、状態異常ならアイテムで治せそうな気もする。沈黙とか麻痺とか、そういう扱いなら、そういう解決法があってもおかしくない。


 でも、これはたぶん違う。


「いや、状態異常じゃないよな……」


 原因に思い当たる節はある。


 進化した結果が、でかくなっただけだったことだ。


 ヴェイルに負けた件もなくはないが、あれは降参した形だし、バル自身が「負けた」と認識してそこまで引きずるタイプかと言われると微妙だった。


 やっぱり問題は見た目だろう。


 自分が望んでいた進化先と違った。

 そのショックでへこんでいる。


 今のところ、一番自然なのはその解釈だった。


「……で、こんな時どうすればいいんだ?」


 聞いたところで答えるやつはいない。


 バルはうなだれたままだし、俺は俺でこういう時の対処法なんて知らない。


 しばらく考えた末、とりあえず思いついたのは、ここから動いてみることだった。


 モンスターは、一定以上プレイヤーと離れると近くに戻ってくる仕様があったはずだ。だったら、俺だけ外に出て移動してみれば、何か変化があるかもしれない。


 少なくとも、ここでずっとうなだれた大玉と向き合っていても埒が明かない。


「……よし。とりあえず外に出るか」


 そう決めて、俺は拠点の外へ出た。


 ついでに、少し気になっていたことも試してみることにする。


 無料券だ。


 今まで通り、金を払うのと同じ扱いで利用できないのか。

 それとも、無料券なら使えるのか。


 イベント報酬でもらった施設の無料回数券を、ここで試してみるのも悪くない。


 バルを放置したまま、適当な施設を探して歩く。


 鍛冶場とかファミリアサロンみたいなのがあるなら、他にも何か特別そうな施設があってもおかしくない。売買ができないからって、そういうところには今まであまり近づいていなかったが、よく考えたら禁止されていない可能性だってある。


「そういう意味じゃ、まだ知らない施設も結構あるんだよな」


 俺はそう呟きながら、裏通りから少し外れた道を歩く。


 そして、ある程度距離を離れたところで、後ろを振り返った。


 すると、案の定というべきか、いつの間にかバルが近くに現れていた。


「お、やっぱその仕様自体は残ってるのか」


 どうやら、一定以上距離を離れるとモンスターがプレイヤーのそばへ移動してくる仕様はそのままらしい。


「バル、ほら。外だぞー?」


 俺は少しだけ軽い調子で声をかけてみる。


「お散歩とかどうだー?」


 返事はない。


 うなだれるだけである。


「……変わんねぇな、お前」


 餌の時だけは反応する。

 だが、それ以外はほぼ無だ。


 こいつ、本格的にどうしよう。


 そう思いながら歩いていると、しばらくして一つの施設が目に入った。


「……あ」


 見覚えのない看板。


 だが、名前には覚えがある。


「これが、れいにゃが言ってたファミリアサロンか」


 前に聞いた話では、モンスターを洗ったり、手入れしたり、マッサージしたりする施設らしい。


 その時は、れいにゃ向けの趣味施設だろ、くらいにしか思っていなかった。だが今となっては違う。モンスターとの関係を上げて、複数同時出しのスキル経験値にも関わると言われた場所だ。


「……とりあえず、利用できるかだけでも試してみるか」


 中へ入る。


 すると、そこは今まで見てきたこの世界の施設とはだいぶ雰囲気が違っていた。


 明るい。

 清潔だ。

 そして、妙に優雅である。


 中にはモンスター用の器具がいくつも置かれていた。


 ブラシみたいなもの。

 手入れ台みたいなもの。

 水場っぽいもの。

 見たことはないが、たぶんモンスターを整えるための設備なのだろう。


 ただ、利用客自体は少なそうだった。


 プレイヤーの姿は見えない。


 見かけたNPCも二人ほどだが、どちらもいかにも上流階級です、みたいな装いをしていた。連れているモンスターも、よくある毛並みのよさそうな猫っぽいやつとか、見た目が整った感じのやつばかりだ。


「……なんだここ」


 思わず本音が出る。


「今までの殺伐とした世界と、だいぶ空気違わないか?」


 鍛冶場とか裏通りとか、そういうのとは完全に別世界だった。


 れいにゃが好きそうだな、という感想が真っ先に浮かぶ。


 だが、今気にするべきはそこじゃない。


 俺は受付にいた店員へ近づき、利用できるか聞いてみた。


 すると――


 会話が成立した。


「……おお?」


 思わず少し感動してしまう。


 狂人様はご利用できません、みたいな壊れたテープレコーダーみたいな返答じゃない。


 ちゃんと、会話になっている。


「ここはモンスターのサロンですので、モンスターをお連れされていないお客様はお帰りください」


「……あっ」


 そこで、俺は気づいた。


 今の俺、バルがいない扱いなのか。


 さっき外で近くに出現しただけで、バルをちゃんと連れて入ったわけじゃない。


 だから今の俺は、モンスターを連れていない判定なのか。


 だが、それなら話は逆に明るい。


 狂人だから駄目、と断られたわけじゃない。


 単純に、モンスターを連れていないから駄目なだけだ。


「……ってことは」


 俺は小さく呟く。


「バルを連れてきたら、この無料券も使えそうな気がするな?」


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