第71話 バルの様子が少しおかしい
イベントの次の日の昼。
平日なので、俺はいつものように学校で昼飯を食べていた。
昨日はイベントだったが、終わったのは夕方くらいだ。
だから生活リズムが崩れるほどではない。寝不足でもないし、授業中に舟をこぐほどでもない。
ただ、内容が濃かったせいで、妙に感覚だけは残っていた。
昨日までイベントで順位だのポイントだのを考えていたのに、今日はいつも通りの教室だ。
ざわざわした話し声。
弁当の匂い。
机を寄せて騒いでるやつら。
どこにでもある昼休みだった。
そんな中、別クラスの高峰志乃が、福来玲奈のところへどたどたとやってきた。
いつものように、昼を一緒に過ごしに来たのだろう。
相も変わらずご立派なことで、と思う。
俺には関係ないから別にいいが、福来玲奈のどこに魅力があるんだろう?
客観的に見て、見た目が可愛いのは認める。
そこは否定しようがない。
だが、それだけだろうとも思う。
普段の喋り方は妙に間延びしてるし、態度もふわふわしてるし、正直そこまでありがたがる理由はよくわからない。
まあ、わからないままで困ることもないので、俺はさっさと昼飯を片付けた。
今日の午前に出た課題を今のうちにやるためだ。
帰ってからのゲーム時間を増やすには、学校で片付けられるものは片付けておくに限る。
こういうのは積み重ねだ。
ガチャ運みたいに引きでどうにもならないものがあるなら、せめて自分で積める部分くらいは積んでおくべきだろう。
そう思ってノートを開き、計算を進めていた、その時だった。
「あっ」
高峰の大きな声で集中が切れた。
「……」
思わず眉をひそめる。
今どこまでやってた?
こういう時、頭の中で保持していたものが一瞬で飛ぶから困るんだよな。
顔を上げると、高峰がなにやら手紙を取り出していた。
たまにあるラブレターかと思った。
玲奈は見た目だけは本当に整っているので、そういうの自体は珍しくない。
だが、それならそれで、いきなり声を上げないでほしい。
こっちは今、帰宅後のゲーム時間のために未来の自分を助けてる最中なんだが。
そんなことを思いながら見ていると、玲奈は手紙を開いて中を読み、一言だけ返した。
「違う」
高峰は首を傾げていた。
いつもなら、ここで「断っておいて」みたいな流れになるはずだ。
なのに今日は少し違う。
「読んでもいい?」
そう高峰が聞いた、と思った次の瞬間には、もう読み始めていた。
了承を得る前に読むのか、こいつ。
一瞬戦慄したが、まあ高峰ならやりかねないとも思う。
高峰は読んで、少しだけ固まった。
それから、「違うって言っておくね」とだけ言って、そのやり取りは終わった。
……なんなんだ今の。
一瞬、プライバシーも何もないのかと思ったが、よく考えたら高峰が返事までしているのだ。
あの様子なら、渡した側も高峰が内容を見ること込みでよこしているのだろう。
そう納得して、俺は気を取り直して課題へ戻った。
その後は、また普段通りの光景だった。
高峰が玲奈に絡んで、
玲奈が適当にあしらって、
それでも高峰は懲りずに隣にいる。
見慣れたものだ。
こっちも集中さえ取り戻せば、あとはどうでもいい。
俺は課題を終わらせ、そのぶん確保できた帰宅後の時間に少し満足しながら家へ戻った。
そして、いつものようにゲームへログインする。
昨日のイベントでは、ヴェイルにしてやられた。
あれは流石に印象が強い。
物理が通らない炎の精霊。
空を飛ぶ移動手段。
NPC撃破済み。
そしてあの余裕。
上には上がいると、はっきり見せつけられた感じだった。
だから、次に戦う時のためにも、どうにか攻略法を見つけないといけない。
それに、バル付きチェーンフレイルも進化した時に壊れた。
あれはあれでかなり完成度が高かっただけに惜しい。惜しいが、壊れたものは仕方ない。
新しい武器も考える必要がある。
ただ、今のバルは進化して大きくなっている。
流石にあの質量で、前と同じ感覚で振り回すのは無理そうだった。
進化したのはいい。
だが、強くなったのか、逆に扱いづらくなったのか、そこはまだまったく見えていない。
そう思いながらログインした先で、俺はまずバルを見つけた。
そして、すぐに違和感を覚えた。
うなだれている。
昨日の出来事を引きずっているらしい。
そりゃまあ、自分が期待していた進化先と違ったのだろう。
見た目が格好よくなるとか、鋭くなるとか、そういう方向を夢見ていたのに、実際はでかくなっただけの大玉だ。
落ち込む気持ちは、わからないでもない。
「うなだれてたって何も変わらないぞ?」
俺は軽く声をかけた。
「ほら、次だ次。さらに進化するために強くなるぞ!」
いつものバルなら、こういう時は何かしら反応する。
不満そうに揺れるとか、
やる気を見せるとか、
少なくとも何かしら返してくる。
だが、今日は違った。
うなだれたまま、返事すら返してこない。
「……あれ?」
俺はそこで少し首を傾げた。
落ち込んでいるだけ、ではない気がする。
普段なら拗ねていても、完全に無反応というのはあまりない。
餌の気配を見せれば揺れるし、強くなる話をすれば少なくとも聞いてはいる。
なのに今日は、それすら薄い。
「……おい、バル?」
もう一度呼んでみる。
だが、反応は鈍いままだった。
なんだこれ。
昨日の進化をまだ引きずっているだけか?
それとも、進化そのものに何か問題があったのか?
俺はゆっくりとバルへ近づきながら、少しだけ嫌な予感を覚えた。
ちょっと様子がおかしいのでは?




