第69話 物理無効が強すぎる
降参を宣言したことで、俺はやられた判定になった。
その場で即退場、かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
少しだけ会話する猶予があって、そのあと観戦フィールドへ飛ばされる仕様のようだった。
「まさか、ここで降参されるとは思わなかったわ」
ヴェイルが、さっきと同じ冷めた顔でそう言った。
「そっちこそ、物理無効とか出してくるとは思わなかったんだが」
俺がそう返すと、ヴェイルは少しだけ肩をすくめた。
「相性が悪かったわね」
「悪すぎるだろ」
こっちは物理一本だぞ。
いや、正確には一本じゃない。アンカーチャージも、チェーンフレイルもある。だが、どっちにしろ物理だ。そこをまとめて無効化されたら、そりゃ降参するしかない。
「でもぉ」
ヴェイルはそこで、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「なんだかんだ言って、他のプレイヤーとは違って面白かったわよ、あなた」
「そりゃ他のプレイヤーとは違うだろうな」
思わずそう返す。
バル付きチェーンフレイル。
戦闘中の進化。
極めつけは、自分のモンスターから最大火力を食らって終わるという締め方だ。
俺がお前の立場でも、たぶん忘れられない相手だわ。
「……まあ、負けは負けだ」
そう言って、俺は小さく息を吐いた。
だが、不思議とそこまで悪い気分ではなかった。
一体しか倒せなかったとはいえ、相手はどう見ても格上だったし、ポイントも今の時点で二位だ。ここで落ちても、たぶん十位以内には残るだろう。
だったら十分だ。
そう思ったところで、ふと頭に浮かんだ。
「……あ」
そういえば、レグルスのことを忘れていた。
塔で決着をつけるとか何とか、あいつにはそんな約束をしていたはずだ。
俺はそこで、ひとついいことを思いついた。
「なあ」
俺はヴェイルを見た。
「最後にひとつだけ、心残りがあるんだが」
「何?」
「塔で、レグルスってやつと決着をつける約束をしてたんだよ」
もちろん、本当は心残りなんてない。
だが、あれだけ俺に突っかかってきたやつだ。最後くらい、俺に関わると損しかないとはっきり自覚してもらわないとな。
「ふぅん?」
ヴェイルは少しだけ興味を持ったようだった。
「そいつ、強いの?」
「一応な。少なくとも、序盤で雑魚狩りしてる連中よりはちゃんとしてる」
そう言うと、ヴェイルは何か考えるように目を細めた。
よし。食いついた。
ついでに、俺としてはヴェイルの二体目のモンスターの戦い方にも少し興味があった。今後また戦うことになった時のために、何かひとつでも情報が欲しい。
そのためにも――
「少しは粘ってくれよ、レグルス」
俺は心の中でそう呟いた。
そのあと、短く二言三言交わしてから、俺は観戦フィールドへ飛ばされた。
そこは、思っていたより静かな場所だった。
他のプレイヤーがずらっと並んで観戦しているわけじゃない。
どうやら、観戦は個人ごとに見る形式らしい。見たくなければそのまま帰ることもできる仕様のようだった。
「それはいい配慮だな」
他人の戦闘にそこまで興味がないやつからしたら、さっさと報酬だけ確認して帰りたいだろうしな。
だが、俺は帰らない。
このあとヴェイルの戦闘を見る。
レグルスのやられっぷりを見るためだ。
「頼むぞ、レグルス」
いや、勝てとは言わん。
流石にヴェイル相手に勝てとは言わないが、少しは見せ場を作ってくれよ。
そう思いながら観戦画面を開いていると、ヴェイルはあの鳥型モンスターのおかげか、かなりの速度で塔まで移動していた。
そして、どうやら本当にレグルスと会えたらしい。
「おお、やるじゃん」
俺は少しだけ感心した。
そこで戦闘が始まる。
一体目に出てきたのは、前に見た固いゴーレムだ。
「というか何気にモンスター三体あるってことは、一体も落ちずにここまで生きてたのか?」
やっぱあいつ、侮れないな。
レグルスは運がよかったのか、あるいはちゃんと立ち回っていたのか。どっちにしろ、ここまで三体温存してきたのは事実だ。
ゴーレムは、俺の見立てでは見た目通り物理タイプらしい。
石の塊を飛ばしたり、肉弾戦を仕掛けたりしている。だが、ヴェイルの炎の精霊っぽいやつには、どうにもダメージが入っていないように見えた。
「やっぱ物理無効か……」
俺が呟いた直後、今度はヴェイル側が動いた。
何か唱えたように見えた次の瞬間、ゴーレムが炎上した。
「攻撃魔法かなにかか?」
少なくとも、遠距離の魔法っぽい攻撃手段があるということだな。
やはりあの精霊は、ただ物理を無効化するだけじゃない。攻撃手段までしっかり持っている。
一体目のゴーレムは、そのまま押し切られて終わった。
次にレグルスが出したのは、あのアンカーで失敗したチーター型のモンスターだ。
「おっ」
これは少し期待できるかもしれない。
速度で翻弄して、炎の精霊にも照準がつけられていなさそうだ。
ただ、見ていてすぐわかる問題もあった。
「チーターの方も、物理が効かない相手には決め手がないな……」
膠着するかと思った。
だが、そうはならなかった。
長い詠唱時間をかけたのか、精霊っぽいやつの周囲に炎が集まり始める。そして、次の瞬間、それが竜巻みたいに広がった。
「うわっ……」
思わず声が出る。
プレイヤーにダメージがないイベントフィールドだからまだいいが、普通の戦場だったら巻き添えを食うような範囲魔法だ。
しかも、範囲は申し分ない。
チーター型のモンスターは風のように速かったが、その炎の渦からは逃げきれなかったらしい。巻き込まれて、そのまま消えた。
「範囲攻撃まであるのかよ……」
これは強い。
物理無効に加えて、遠距離魔法と範囲制圧。
流石に盛りすぎでは?
そして最後の三体目。
レグルスが出したのは、最初に俺と戦った時にもいた鳥型のやつだった。
「……ああ」
今、改めて見てみると、ヴェイルが乗っていた鳥型と比べて、ちょっと格下と言ってしまってもいい感じだった。
性能差が見た目から滲み出ている。
レグルスの表情も暗い。
自分でもわかっているのだろう。
案の定、その鳥型は大したダメージも与えられないまま終わってしまった。
「まあ、そうなるよな……」
そして戦いが終わる。
そのあと、ヴェイルがレグルスに何か一言告げたようだった。
次の瞬間、レグルスがその場に崩れ落ちる。
「何を言ったんだ?」
そこは気になったが、観戦ではプライバシー保護なのか、喋っている内容までは聞こえない仕様らしい。
くそ、そこが一番見たいのに。
「まあ、でも」
俺は少しだけ満足していた。
レグルスも、これでわかっただろう。
俺に突っかかってきていたくらいじゃ、上には上がいるということを。
そうしてその後も、俺はヴェイルの戦いを見続けた。
だが、結局最後まで、あの炎の精霊にまともなダメージを与えられるやつはいなかった。
「物理ダメージ無効、強すぎでは?」
心からそう思う。
いや、本当に強い。
あれを突破するには、こっちも魔法か、それに準ずる何かが要るんじゃないか?
少なくとも、今の俺の手札ではどうにもならない。
「でもまあ」
俺はそこで小さく息を吐いた。
「見るもんは見れたか」
レグルスのやられっぷりも見られた。
ヴェイルの戦い方も見られた。
そして、自分の今後の課題も少し見えた。
負けはしたが、完全な無駄ではない。
そう思いながら、俺は観戦画面を閉じた。




