第60話 意外と侮れない
れいにゃに、向こう岸へ渡る方法を説明した。
バル付きチェーンフレイルを使って、振り子の原理で向こう岸まで飛ぶ。
すでに一度、自分だけで試して成功している。多少の着地ミスはあったが、渡れること自体は確認済みだ。だから理屈の上では問題ない。
「で、今回はお前を連れていくわけだが……」
俺はれいにゃを見た。
れいにゃも、俺の手元のバル付きチェーンフレイルと、崩れた橋の向こう側を見比べている。
「ほんとに大丈夫なのぉ?」
「渡れること自体は確認済みだ」
「その言い方、全然安心できないんだけどぉ?」
まあ、それはそうかもしれない。
だが他に手はない。少なくとも、今ここで俺が出せる中ではこれが一番現実的だった。
「大きい方はしまっとけ。向こうまで飛ぶのに余計な荷物はいらない」
「はぁい」
れいにゃは渋々といった様子で、もっさもさの大きなモンスターをしまった。
そして、こっちを見て待機する。
さて、問題はここからだ。
どういう体勢で運ぶか。
物語なら、ここでお姫様抱っことかになるのかもしれない。だが相手はれいにゃだし、そもそも体勢的に無理がある。安定もしない。
「……こっちだな」
結局、俺はれいにゃを担ぐような形にした。
お姫様抱っこならぬ、お米様抱っこである。
「ゲームだからって、変なとこ触らないでよねぇ?」
「お前とはそんな間柄じゃないだろ」
「それはそれで失礼だなぁ?」
だがれいにゃは、文句を言いつつも素直に抱えられた。
変に暴れられると困るので、そこは助かる。
「いいか、渡ってる最中は暴れるなよ」
「わかってるよぉ」
「ほんとか?」
「ほんとだよぉ」
信用していいのかは怪しいが、今さら言っても始まらない。
俺は橋の手前に立ち、位置を調整する。
バルにアンカーを使ってもらい、ちょうどいい位置へ固定する。
「よし……行くぞ」
そのまま飛んだ。
振り子の要領で体が持ち上がり、一気に向こう岸へ弧を描いて進む。
風が抜ける。
れいにゃが一瞬だけ変な声を出したが、そこは無視した。
問題なく渡れる。
そう思った次の瞬間――
「ぐっ」
重い。
前回は俺一人だった。
今回はれいにゃの分だけ重量がある。
届くこと自体は届いたが、着地の余裕がまるで違った。
「うおっ!?」
向こう岸へ着いた瞬間、そのまま勢いを殺しきれずに倒れ込む。
着地失敗だ。
だが、ちゃんとそこは考えていた。
れいにゃの顔側がぶつからないよう、向きは調整してあった。ぶつかったのは尻側だ。ならたぶん問題ない。
「……っつ」
俺は転がったまま、すぐれいにゃの方を見る。
れいにゃは少しぶつぶつ言っていたが、少なくとも顔面から落ちたわけではないらしい。
「だから言ったのにぃ……!」
「渡れたんだからいいだろ」
「よくないよぉ!」
何か言ってはいるが、まあ致命的な何かにはなっていない。
なら十分だ。
俺はさっさと立ち上がり、手を払った。
「とりあえず渡れたんだから、約束の情報を教えろ」
「えぇー、今ぁ?」
「今だよ」
こっちはちゃんと向こう岸まで運んだのだ。対価は今もらわないと困る。
だが、れいにゃは橋の方をちらっと見てから、花畑の奥を顎で示した。
「ちょうどいいから、花畑まで行こうよぉ。そこで実演してあげるからぁ」
「実演?」
「口で聞くより、見た方が早いでしょぉ?」
それは、まあ、そうかもしれない。
急ぐわけでもないし、どうせこのまま花畑の中を見ないで帰るのも半端だ。実演してもらえるなら、その方が確かにわかりやすい。
「……まあ、いいか」
俺はそう言って頷いた。
「気を取り直して行くぞ」
そうして俺たちは、改めて花畑の方へ進んだ。
近づいてみると、そこは想像していたより広かった。
花の色も種類もばらばらで、森の中とは思えないくらい明るい。確かに、こういう場所に珍しいモンスターがいてもおかしくはなさそうだった。
そして実際にいた。
「……ん?」
花畑の向こうで動いたものを見て、俺は目を細める。
そこにいたのは、カマキリのような見た目の虫型モンスターだった。細長い体に、鎌のような前脚。見るからに攻撃的で、この辺りでは見たことがないタイプだ。
「まあ、これじゃないよな」
一応、れいにゃへ確認する。
すると、れいにゃはぴしゃりと言い返してきた。
「これなわけないでしょ!」
「そんな怒るなよ」
さっき尻をぶつけた件をまだ引きずってるんじゃないか、と少し思った。
だが、そのへんは今はどうでもいい。
どうせ実演するなら、れいにゃがどう戦うのか見せてもらおう。
俺は特にバルへ指示を出さず、そのまま様子を見ることにした。
れいにゃは小さく息を吐いて、それからモンスターを出す。
大きな、もっさもさのやつ。
そして小さな、人形みたいなやつ。
大きい方が前へ出る。
小さい方は後ろへ。
「……なるほど」
その布陣だけでも、なんとなく見えてきた。
大きなモンスターは、見た目通り盾役か。
そして小さい方は――
戦闘が始まって、すぐにわかった。
人形みたいな小さいモンスターが、楽器を演奏し始めたのだ。
「……これは戦闘なのか?」
思わずそんな感想が漏れる。
前ではカマキリ型が大きいモンスターへ鎌を振るっている。
後ろでは小さいモンスターがひたすら演奏している。
見た目だけなら、前線と応援団みたいな絵面だった。
だが、時間が経つにつれて、違和感が確信に変わる。
カマキリの攻撃が、だんだん通らなくなっているのだ。
最初はそれなりに効いていたはずなのに、次第に大きいモンスターが余裕で受け止めるようになる。いや、受け止めるというより、ほとんど効いていない。
「……ああ」
俺はそこで、ようやく察した。
さっきから演奏している楽器の効果は、たぶん攻撃力のデバフだ。
そう考えると全部辻褄が合う。
しかも、れいにゃ自身はモンスターに指示していなかった気がする。俺が気づいていないだけかもしれないが、少なくとも俺のようにわかりやすい指示とは違う。
「……こいつ、まだ隠してることがあるのか」
意外と侮れない。
かわいいモンスターが好きで続けてるだけのプレイヤー、という認識はそろそろ改めた方がよさそうだ。
そうこう考えているうちに、戦闘は終わった。
大きいモンスターが前に立ち続け、小さいモンスターが演奏し続け、そのまま一方的な流れへ持ち込んでカマキリを倒したのだ。
「時間はかかったが……なかなかやるじゃないか」
型にはまれば、思った以上に強いのかもしれない。
れいにゃは戦闘を終えると、いかにも見てたぁ? と言いたげな顔でこっちを振り向いた。
ドヤ顔である。
ただ、その顔を見て俺は少し思った。
「……こいつ、ちょくちょくロールプレイ忘れてないか?」
口調といい、態度といい、たまに素が漏れている気がする。
まあ、それを今わざわざ指摘するつもりはないが。




