第55話 アンカーチャージと名付けた
あの後、一応ほかのトレーニングも試してみた。
だが、結果は全部同じだった。
走り込みも駄目。
持久系も駄目。
細かい反復も駄目。
やる前に止められるか、やっても意味がないと言われるか、そのどちらかで終わる。
「全部育成限界って、そんなことあるか?」
思わずぼやく。
だが、何を試しても返ってくる答えは変わらなかった。どうやら本当に、基礎的な育成はもう全部頭打ちらしい。
横を見ると、バルは明らかに不満そうだった。
さっきまではやる気満々だったのだ。珍しく自分から前向きに取り組もうとしていたのに、その全部を止められたのだから無理もない。
「……まあ、そうなるよな」
俺だって同じ立場ならふてくされる。
せっかく大会前だから鍛えるぞという空気になっていたのに、蓋を開けたらお前はもうそこじゃ伸びません、である。肩透かしにもほどがあった。
だから方針を変えることにした。
「基礎トレーニングが駄目なら、技の練度を上げるしかないな」
新しいモンスター相手に戦って経験を積むのは、今は避けたい。
明日がイベント本番だ。ここで変に進化でもされたら、それこそぶっつけ本番の新形態になる。強くなるのはいいが、今それをやられるのは困る。
だったら、今まで行ったことのある場所で、できるだけ人が少なそうなところ。そこで今ある技を研ぎ澄ます方がいい。
それに、明日のイベントまであまり情報を見せたくもなかった。
バル付きチェーンフレイルもそうだが、こっちはこっちで切り札らしきものが増えてきている。イベント前日に人目のあるところでべらべら見せびらかす意味はない。
「となると……あそこか」
思い浮かんだのは、前にれいにゃと会った湖周辺だった。
木々は多いが、森の奥ほど視界が詰まっているわけでもない。障害物がある分、他のプレイヤーとも鉢合わせしにくい。ちょうどよさそうだった。
そうして湖の近くまでやって来た俺は、バルを見た。
「今日鍛えたいのは、お前の最大火力だ」
言いながら、頭の中で確認する。
今のバル単独での最大火力は、やはりアンカーからの突進だった。ラザロ戦でも、相手があの妙な液体状のモンスターでもない限り、高い耐久力を持ったやつですら大半が一撃だった。
威力だけなら、疑いようがない。
問題は、当てるのが難しいことだった。
「逆方向に突進しないといけないのが、やっぱ面倒なんだよな……」
敵へ向かって突っ込むんじゃない。
敵と逆方向に走り出して、アンカーで引き戻される勢いを使う。理屈としては強いが、戦闘中に当てるとなると話が別だ。
最初の目算から敵が少しでも動くと簡単に外れるし、そもそも指示が長い。
「アンカーを設置して相手モンスターと逆方向に突進だ!」
俺は声に出してみて、改めて思った。
「長いな」
長い。
これを戦闘中に毎回言っていたら、そりゃバルだって理解するまでに一瞬遅れるだろう。実際、あの技が決まるかどうかは、ほんの少しのズレで変わる。
「名前をつけるか」
俺はバルを見た。
「技そのものが増えるわけじゃないけど、やってることが固定なら、一単語で指示できた方がいいよな」
バルはじっとこちらを見ていた。
なので俺は、何度か同じ説明を繰り返した。
アンカーを置くこと。
敵と逆方向へ突進すること。
引き戻される勢いでぶち抜くこと。
それをまとめて、これからはこう呼ぶのだと。
「アンカーチャージ」
俺がそう言うと、バルは小さく揺れた。
「そう。これからアンカー×敵と逆方向へ突進は、アンカーチャージだ」
もう一度確認する。
「アンカーチャージ」
今度は、さっきより少しだけ反応が早かった。
「よし」
悪くない。
スキル欄に新しく増えたわけじゃない。だが感覚としては、新しい技をひとつ覚えたようなものだった。
その後はひたすら反復した。
アンカーを置く。
逆へ走る。
引き戻しの勢いで叩き込む。
最初は何度も外した。
木をへし折って狙いから逸れる。
地面をえぐる。
狙いからずれる。
だが、繰り返していくうちに、少しずつ形になってくる。
「いいぞ、バル! 今のはかなりよかった!」
木々の間を縫うように放たれたアンカーチャージが、モンスターをぶち抜いていく。
木が邪魔になる分、完全な直線ではない。だが、その障害物込みでも当てられるようになれば、むしろ実戦向きだ。
「もう一回だ!」
俺も熱が入っていた。
バルも、こういう単純明快な破壊の練習は嫌いじゃないらしい。基礎トレーニングを止められた時の不満は、もうだいぶ薄れているように見えた。
そうして何度目かのアンカーチャージが決まった時だった。
モンスターへ直撃したバルが、そのまま木々をへし折りながら減速していく。
「……あ」
少し嫌な予感がした。
いつもなら、ある程度離れると自動で戻ってくる。だが今回は、木を何本も巻き込みながら勢いを削がれたせいか、自動で戻る判定の手前で止まってしまったらしい。
バルは、倒れた木々の向こう側でぴたりと止まっていた。
「これ、自分で迎えに行くやつでは?」
面倒だった。
かなり面倒だった。
だが、放置するわけにもいかない。
俺は木々の倒れた跡を辿りながら、バルのところへ向かった。
「まったく、余計な手間を……」
ぶつぶつ言いながら進んでいた、その時だった。
見覚えのある毛の塊が視界に入る。
「……ん?」
もっさもさの、大きなモンスター。
前に見たことがある。
間違いない。れいにゃが枕にしていた、あの毛の多いやつだ。
しかも今は倒れている。
その横で、れいにゃが傷の手当てをしていた。
「……れいにゃ」
思わずその名前が口から出る。
れいにゃはこっちへ顔を向けた。
その瞬間、俺の頭に浮かんだ感想はひとつだけだった。
「お前……運、悪いのか?」
自分で言ってから、少しだけおかしかった。
運がいい側の人間だと思っていたやつが、木をなぎ倒しながら飛んできた俺のバルに遭遇しているのだから。




