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第54話 トレーニング施設に来たら伸びしろがなかった

 今日は土曜日だ。


 朝からゲームにログインした俺は、ラザロの拠点の一室で目を開けた。


「……やっぱ慣れねぇな」


 これで二回目だが、どうにも落ち着かない。


 なんせ、この拠点にいるのはチンピラみたいなやつとか、そっち系の人間しかいないのだ。いくら今は俺がボス扱いだとしても、空気まで馴染むわけじゃない。


 部屋を出て、軽く周囲を見回す。


 明日は全体イベントだ。


 だったら、今日やることは慎重に選ばないといけない。ラザロの拠点を襲撃した時みたいな、いつ終わるかわからない系は避けた方がいいだろう。明日に疲れを残したくもないし、何より変なトラブルを増やしたくない。


「いつものように外に出て、モンスターだけ倒しに行くか」


 そう呟いてから、ふと考え直した。


 割といろんなモンスターと戦ったつもりだ。実際、最近は新しい敵ともかなりやり合ってきた。だが、それでもまだバルの進化は来ていない。


 いや、待て。


 俺はその場で足を止めた。


「……ちょっと待てよ」


 昨日、せっかく装備を作ってもらったばかりだ。


 バル付きチェーンフレイル。見た目はふざけているが、性能は本物だった。明日のイベントで使う切り札としても十分期待できる。


 でも、もし今日進化したらどうなる?


 進化そのものは望ましい。そりゃそうだ。強くなるならその方がいい。


 だが、進化によって立ち回りが大きく変わるのは困る。しかも大会前日だ。せっかく作ってもらった武器が使えなくなる可能性だってある。


「……それは避けたいな」


 進化して嬉しい反面、明日の大会でぶっつけ本番の新形態になるのは、どう考えても危ない。


 だったら今日は、戦って経験値を積むよりも、今ある技と動きを研ぎ澄ます方がいい。


「よし」


 そこで方針は決まった。


「今日はトレーニングだな。そのあともモンスター狩りじゃなくて、技の練度を上げる方向でいこう」


 まずはバルにも説明しておく必要がある。


 こいつ、意外とこういう説明をちゃんとした方が素直に納得してくれる時があるからな。まあ、餌がある時限定な気もするが。


「バル、よく聞いてくれ」


 俺はいつもより少し真面目な声で語りかけた。


「明日は色んなモンスターと、いつもよりたくさん戦えるイベントなんだ」


 バルがこちらを見る。


「だけど、負けるとそこで終わりだ。バルの進化も遠ざかってしまうかもしれない」


 小さく揺れる。


 伝わっているのかはわからないが、少なくとも聞く気はあるらしい。


「だから今日は一日、トレーニングと技の練度を高めようと思う。どうだろうか?」


 そう言いながら、買っておいた餌を差し出す。


 バルはそれを食べながら、わりと素直に納得してくれた。


 俺の説明がよかったのだろう、もしかしたら説明している最中に餌を与えたのが決定打だったのかもしれない。


 たぶん後者だろう。


「まあ、納得してくれたならいいか」


 そうして俺たちは、拠点近くのトレーニング施設へ向かった。


 久しぶりだ。


 最初の頃に行っていた施設とは違う。今いるのは拠点の近くだから、別の場所にある施設だ。だが、空気は似ていた。俺が近づいた瞬間、NPCたちがなんとなく遠ざかる感じとか、そのへんは何も変わらない。


「……そこはほんと変わらねぇな」


 ぼやきつつ、グラウンドの方を見る。


「まずはバル! 走り込みだ!」


 卵の頃に転がしたり、投げたり、そういう形のトレーニングはしていた。だが、孵化したあとにバル自身へちゃんと走らせるのは、何気に初めてかもしれない。


 そう思いながら、バルをグラウンドへ入れようとした、その時だった。


 大柄の男が、俺の肩へ手を置いてきた。


「ちょっと待ちな、狂人さん」


「……うわ」


 嫌な予感しかしない。


 またか。


 またここでも、取引できません、と同じようなことを言われるのか。利用できませんとか、そういう類のやつか?


 もしそうなってくると、もうトレーニング施設自体を拠点内に作らないといけないんだが。


 そんなことを思いながら、とりあえず返事をする。


「何だよ」


 すると、返ってきたのは思っていたのとはまるで違う内容だった。


「お前のモンスターは、これ以上トレーニングしても効果は望めないぞ」


「……はぁ?」


 本当に、思ってもいない返答だった。


 効果は望めない?


 どういうことだ?


 意味がわからず、俺は思わず男の顔を見返した。


「えっ? 効果は望めないって、どういうことだよ」


 まさか。


 まさかとは思うが、取引できません、をこの施設用にふんわり言い換えてるだけじゃないだろうな?


 そう思っているうちに、バルも戻ってきた。


 どうやら走ろうとしたら、向こうでも追い返されたらしい。


「……もしかして、狂人だからここの施設も利用できないとか?」


 俺がそう聞くと、男は呆れたように首を振った。


「違う。俺はこの施設のトレーナーだ」


 そう言って、胸を軽く叩く。


「各施設に一人いる。育成の状態を見る技術があるんだよ」


「育成の状態?」


「お前のモンスターは育成限界だ。少なくとも、この施設でやるような基礎トレーニングじゃ、もう伸びない」


 言われた瞬間、頭の中が一瞬止まった。


「……育成限界?」


 まだ孵化してから、一度もまともにトレーニングしていないんだぞ?


 なのに、育成限界?


 意味がわからない。


 いや、待て。


 そこで、ようやく嫌な形で思い当たる。


「……卵の時のトレーニングか?」


 俺がぽつりと呟くと、トレーナーは少しだけ眉を動かした。


「心当たりがあるなら、それだろうな」


「いやいやいや」


 思わず両手を広げた。


「卵の時のあれ、有効だったのかよ……」


 転がしたり。

 ぶつけたり。

 色々やった。


 いや、やったことを思い返すと、トレーニングと言っていいのか怪しいんだが。


 だが結果として、それが有効だったらしい。


 孵化した後に一度も施設で鍛えていないのに、もう基礎トレーニングの伸び代がないと言われるくらいには。


「……マジか」


 なんとも言えない気分だった。


 あの頃は、ただ必死だったのだ。どうすれば孵るのかもわからず、とにかく試せることを片っ端からやっていた。


 その結果、狂人扱いされ、評判も地に落ちた。


 だが、その副産物としてバルはもうここで鍛える余地がないところまで育っているらしい。


「ひどい話だな……」


 いや、ひどいのは多分俺の方なんだろうが。


 横を見ると、バルは少しだけ得意そうでもあり、複雑そうでもある空気を出していた。


 こいつも自分が伸び切っているらしいことはなんとなく理解したのかもしれない。


 俺はため息をつき、それからトレーナーを見た。


「じゃあ、ここじゃ何もできないってことか?」


「少なくとも、そいつに基礎トレーニングの効果は期待するな」


 ぴしゃりと言われた。


 どうやら、本当にそうらしい。


 大会前日だから基礎を鍛え直そう、なんて考えていたが、その前提から崩れた。


 バルはもう、そういう段階じゃない。


「……参ったな」


 思わずそう漏らしながら、俺は改めてバルを見た。


 トレーニング施設が駄目となると、今日はまた別の形で調整しないといけないらしい。


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