第5話 相棒になっても油断すると轢かれる
バルとどうにか絆らしきものを育んだことで、ようやく次からは戦闘らしい戦闘ができそうだった。
……いや、待て。
「そういえば、孵化してすぐ戦わせてよかったのか?」
ふと思い出す。
育成タイプは土地のバックアップがどうとかで、最初は弱いからまずはトレーニングを、みたいな説明を受けた気がする。ちゃんと聞いていたような、聞いていなかったような、曖昧な記憶だ。
だが、そこで俺は首を傾げた。
「いや、でもよく考えたら卵の時にトレーニングはしたな」
暖炉に入れたり、水に沈めたり、重りを乗せたり、転がしたり、投げつけたり。
今にして思えば何をやっていたんだという内容だが、結果として孵化したし、敵も倒せていた。実際にバル本人が戦っていたかと言われると微妙だが、土壌くらいはできているはずだ。
「ずっと同じ場所ばっかりだしな……そろそろ冒険したい」
トレーニング施設と街の周囲の草原。そればかりだ。さすがにもう違う景色が見たい。
出かけてみて駄目そうなら、その時またトレーニングすればいい。
「よし。まずは確認だな」
俺はバルのステータスを開いた。
今までは卵だったせいか、見られない項目が多かった。孵化した今なら、ちゃんとモンスターとして情報が見えるらしい。
「どれどれ、いったいどんな技を……」
表示されたスキル欄を見て、俺はしばらく黙った。
「……体当たり」
以上。
いや、以上では困るのだが、本当にそれしかなかった。
「脳筋だな」
思わず口に出る。
まあ、生まれたばかりだし、仕方ないのかもしれない。いきなり派手な技を何個も持っている方がおかしい。そういうことにしておく。
「とりあえず当面は体当たり一本か」
俺が投げつける時との違いは、自傷ダメージがあるかないかくらいだろうか。いや、こっちが投げつけるより、ちゃんと自分で当たりに行った方が強い可能性もある。
それを試す意味でも、やはり戦ってみるべきだ。
俺はバルを連れて街の外へ出た。
草原には相変わらず序盤向けらしいモンスターがうろついている。見慣れた相手だ。
「よし、バル。敵に体当たりだ!」
バルは一瞬だけこちらを見た。
露骨に嫌そうだった。
それでも、しぶしぶといった様子で敵に向かっていく。どうやら完全に命令無視というわけではないらしい。相棒ルートに入った成果だろうか。
バルは敵にぶつかった。
どん、と鈍い音。
敵は少しよろめいたが、まだ倒れない。
「もう一回だ!」
再び体当たり。
またぶつかる。
また戻る。
またぶつかる。
そうして六度目の体当たりで、ようやく敵は倒れた。
「……」
俺は無言でその様子を見ていた。
勝った。勝ったのは間違いない。だが、思うことはある。
「投げつけた方が威力高くないか?」
口には出さなかった。
出さなかったが、たぶん顔には出た。
あるいは考えがそのまま伝わったのかもしれない。
バルが、すっとこちらを向いた。
「いや、違うぞ?」
言い終わる前に、バルがこっちへ向かってきた。
まずい。
俺は慌てて心の中の考えを打ち消し、突っ込んできたバルを抱きとめる。そのまま丸い体を撫でた。
「よくやったぞ、バル! 次もこの調子だ!」
心を込めて褒める。
褒めて、撫でる。
なんとか殺気は収まったらしい。バルはまだ少し疑っているような気配を残しつつも、ひとまず突進はしてこなかった。
「……脳筋だなと思ったけど、今さっきの俺の考えもだいぶ脳筋だったな」
敵に体当たりを何度も繰り返させておいて、投げつけた方が効率いいのでは、はひどい。さすがにバルが怒るのもわかる。
それに、さっき少し自己暗示が薄れていた気がする。
同じことをずっと繰り返していると、どうしても視野が狭くなる。気付くと、卵の頃と同じ感覚で扱いそうになっているのがまずい。
「よし、再確認」
俺は自分に言い聞かせる。
「バルは卵じゃない。相棒だ。相棒」
大事なことなので二回言った。
バルは少し離れた場所で、じっとこちらを見ている。なんとなく、今の言葉は聞いていた気がした。
その後も何度か戦闘を繰り返した。
体当たり。
体当たり。
また体当たり。
ひたすらにそれだけだが、近辺のモンスター相手なら特に困ることはなかった。時間はかかるものの、負ける気配はない。少なくともこの辺りにいるやつらには、今の俺たちでも十分通用する。
「悪くないな」
戦っているうちに、バルの動きも少しずつよくなっていく。
そして何匹目かの敵を倒した時だった。
通知が出る。
「お、スキルか」
バルが新しく覚えたのは、『突進』だった。
「体当たりの強化版って感じか?」
試してみると、予想は当たっていた。
勢いが違う。今までの体当たりより一撃が重い。
「いいぞ、バル!」
俺が声をかけると、バルは少しだけ得意げに見えた。丸いから表情はよくわからないが、なんとなくそんな気がする。
実際、効果はかなり大きかった。
一戦闘に五、六回はかかっていたところが、突進を覚えたことで二、三回で済むようになったのだ。俺が投げつけていた頃よりも回数が減っている。上々だ。
「やっぱりちゃんと育てた方が強いか」
当たり前の結論だが、実感できるのは大きい。
そして戦闘を繰り返すことさらに数回。
今度はバルではなく、俺の方に通知が出た。
「……『育成』が成長?」
確認すると、新たなアクティブスキルを覚えていた。
簡易回復。
戦闘後にモンスターの傷を癒すスキルらしい。
「おお、これいいな」
実際に使ってみると、激しくではないが確かにバルの傷が回復する。大回復ではないが、こういう積み重ねが継続戦闘力を上げるのだろう。
「これでかなり楽になるな」
本当なら、次はモンスター保持数増加みたいなものが欲しい。
バル以外も持てるようになれば、もっと楽になるはずだ。だが、なぜかそちらは経験が蓄積している気配がない。
「戦ってるだけじゃ駄目なのか?」
わからない。
これまでにも『育成』以外で、妙に不穏なパッシブスキルはいくつか覚えている。だがメインであるはずの『育成』の成長は、思ったより遅かった。
「まあ、そのうちわかるか」
今考えても仕方ない。
敵を倒したあと、少し考え込んでしまったが、とりあえず次の目的地は決めてある。
「ダンジョンだな」
正直、もう草原は飽きた。
今まで行った場所といえば、トレーニング施設か街の周囲だけだ。さすがに違うところへ行きたい。せっかくのVRMMORPGなのだから、冒険感が欲しい。
思考の海から戻ってきた俺は、気分を切り替えて前を見た。
……見た、はずだった。
「ん?」
草原だったはずの景色が違う。
いや、違う。切り替わる直前、背中に鈍い衝撃が走った気がした。
目の前にあるのは、見慣れた部屋。見慣れたベッド。見慣れた壁。
「……宿屋?」
慣れ親しんだ宿屋だった。
そして目の前には、バルがいた。
友好的な笑顔――に見えなくもない雰囲気で、こっちを見ている。
「……こいつ、やりやがったな?」
どう考えても、俺が考え込んでいる間に突進されたとしか思えなかった。




