第4話 ボールか相棒か、それが問題だ
リスポーン地点で目を開けると、案の定、目の前にバルがいた。
つかず離れず。いや、この距離はだいぶ近い気もするが、とにかくまたそこにいる。
丸い体を小さく震わせて、こちらを見ていた。
「……バルは?」
自分で口にして、すぐに訂正する。
「いや、いるな」
いる。しかも、いつものように口を開けていた。
そのまま、当然のように突っ込んでくる。
「だから、それはもう見切ったって言っただろうが」
今まで何度やられたと思っている。
孵化してからだけでも、もう何十回轢かれたかわからない。いや、下手したら百回近いかもしれない。さすがにこの軌道はもう読める。
俺は半歩だけ体をずらして、横を抜けようとしたバルを掴んだ。
「よし」
両手の中でバルがじたばた暴れる。だが今回は離さない。
「暖炉の火の中に入れたり、水のたまった桶に入れたりした時に食らったのは、こっちが悪いと思ったからだ」
卵の時だけじゃない。孵化したあともしばらくは、俺はこいつを卵の延長みたいに扱っていた。
だから暖炉の火の中に入れてしまったり、水のたまった桶に入れてしまったりも、卵の時と同じ感覚でやってしまっていた。
悪気があったわけじゃない。けど、扱いとしては最悪だったと思う。
そのたびに轢かれたが、あれは文句を言えない。
いや、避けられなかったのもあるが、避ける気もあまりなかった。もう孵化は終わっていたのに、俺が卵の時の感覚のまま扱いを続けてしまったんだ。やっていることだけ見れば完全に俺が悪い。だからあの体当たりは甘んじて受けた。
「でもな、いつまでも同じだと思うなよ」
バルを掴んだまま、目の前に持ち上げる。
丸い。近くで見てもやっぱり丸い。
「お前はもう卵じゃない。なのに俺は、いつまでも卵の時と同じ感覚でお前を扱ってた」
じたばたしていたバルの動きが、ほんの少しだけ弱まった気がした。
「でも、もうそこは切り替える。お前が変わったなら、俺も変わらないといけない」
俺は一度息を吐いた。
「敵だったら話は早いんだがな。でも違うだろ。お前は俺の最初のモンスターだ」
ここで改めて、ちゃんと整理する。
こいつはもう、孵化前の壊れものじゃない。
だったら扱いも変えるべきだ。
ずっと卵の延長で考えていたら駄目だ。こいつはもう動くし、怒るし、攻撃もしてくる。なら、それに合わせてこっちも変わらないといけない。
「さあ、バルよ。選ぶんだ」
バルを目の前に掲げたまま、俺は真面目に告げた。
「俺のボールとなるか」
一拍置く。
「それとも、相棒となるかだ」
バルは黙ってこちらを見ている。
いや、見ているというか、たぶん睨んでいる。
だが今は構わず続ける。
「ボールとなるのであれば、俺の手に収まれ」
俺は手の中のバルを少し持ち直した。
「相棒となるのであれば、俺の横に来るんだ」
俺はそっとバルを下ろした。
すぐにまた突っ込んでくるかと思ったが、そうはならなかった。
バルはその場で止まったまま、動かない。
「……考えてるのか?」
ただのモンスターにしては、妙に間が長い。
いや、今までの反応を見ていると、こいつはたぶん思った以上にちゃんと考えている。名前をつけた時も露骨に怒ったし、気に入らないことがあればすぐ轢いてくる。感情だけで突っ走っているようで、案外わかりやすい。
バルは長く、長く考え込んでいた。
その丸い体は相変わらず何を考えているのかわかりにくいのに、妙に真剣さだけは伝わってくる。
「……おい、本当に考えてるのか?」
思わずもう一度呟く。
すると、バルがぴくりと震えた。
気合を入れるように、ぐっと全身に力を込める気配がある。
「お?」
そしてバルは、まっすぐに俺の横へ歩いてきた。
いや、歩くという表現が正しいのかはわからない。転がるでも跳ねるでもなく、とにかく意思を持ってこちらへ寄ってきた。そして、俺のすぐ横で止まる。
「……横に来た」
俺は思わず確認するように呟いた。
バルは黙ったままだ。
だが、そこにいる。俺の横に。
「妙に目に力が入ってる気がするけど……まあいいか」
なんかすごく気合が入っているようにも見える。見えるだけかもしれないが、少なくとも横に来たという事実のほうが大きい。
横に来た。
つまり、これはそういうことだろう。
「相棒、ってことでいいんだよな?」
バルは何も答えない。
だが離れない。
「……信頼度とか、爆上がりでは?」
思わず口元が緩む。
いや、そりゃそうだろう。あれだけ色々あったあとで、それでも横に来たんだ。これはもう和解したと見ていいはずだ。少なくとも、ずっと敵意全開で轢き続けてくる状態からは一歩進んだ。
「よし」
俺はバルの横でしゃがみこむ。
「これからよろしくな、バル」
手を伸ばそうとして、少しだけ迷う。
また轢かれる可能性を考えると警戒は必要だ。だが、いつまでもびびっていても仕方ない。
俺はゆっくりと手を伸ばし、バルの丸い体に触れた。
……突っ込んでこない。
「おお」
たまたまかもしれないが、それでも大きな進歩だ。
「やっぱり相棒ルートだな」
卵しかなくて詰んだと思った時はどうなることかと思ったが、こうして孵化して、話し合って、なんとか形になってきた。もちろん普通とはだいぶ違う気もするが、そこは今さらだ。
運が悪いのはいつものこと。
だったら、普通じゃない形でも前に進めれば十分だ。
「よし、次はちゃんと連携して戦えるか試すか」
俺が立ち上がると、バルも横について動いた。
つかず離れず、ではなく、今は明確に横だ。
そのことがちょっと嬉しい。
「これはもう完全に通じ合ったと言っていいのでは?」
そう呟きながら、俺は満足げに歩き出した。
バルも横でついてくる。
妙に目に力が入っている気がするが、きっとやる気だろう。これから一緒に戦う相棒として、気合が入っているに違いない。
そういうことにしておく。




