第3話 孵化した相棒にリスポーン地点で轢かれ続けた件
次の日、ログインして最初に確認したのは卵だった。
昨日、半ばやけくそで塗りたくった餌はきれいになくなっている。
「……食べた、のか?」
いや、卵に口なんてない。食べたという表現が正しいのかは怪しい。時間経過で消えただけかもしれないし、別の判定かもしれない。
だが、変化があったのも事実だ。
「試してみるか」
俺は卵を抱えて、昨日と同じ草原へ向かった。相手も同じ、序盤用の弱いモンスターだ。比較するなら条件は揃えたほうがいい。
適当な距離まで近づき、息を整える。
「頼むぞ。いや、頼むも何もお前は動けないんだけど」
自分で言って少し虚しくなったが、やることは変わらない。
俺は卵を敵へ向かって投げつけた。
ごっ、と鈍い音が響く。
敵がよろめいた。
「……入った?」
思わず声が漏れる。昨日より、明らかに手応えがあった。気のせいじゃない。ダメージが増えている。
「よしっ!」
昨日やったことは、無駄じゃなかった。
暖炉に放り込んだのか、水に沈めたのか、電気の刺激か、重しを乗せたのか、転がしたのか、餌を塗ったのか。どれが効いたのかはさっぱりわからない。だが少なくとも、何かしらは進捗になっていたらしい。
光明が見えてきた。
「もう一回――」
いける、と思った俺は続けて卵を拾い上げ、再び敵へ向かって投げつけた。
その直後、視界が暗転した。
目を開けた時には、もう見慣れた宿屋の天井だった。
「……あー、うん」
どうやら卵の耐久が尽きたらしい。進歩はあった。あったが、まだ戦えるレベルではない。結局一戦一死は変わっていない。
「まあ、進捗があるだけマシか」
そう呟いて体を起こす。
どれが正解だったかわからない以上、やることは単純だ。昨日と同じことを、また繰り返すしかない。
積み重ねることには慣れている。
ガチャでは報われなくても、試行回数そのものを裏切らないゲームなら嫌いじゃない。すぐに突破できないなら、できるまで繰り返すだけだ。
「よし、今日もやるか」
それから俺は、昨日と同じルーチンを繰り返した。
暖炉に近づける。
冷やす。
水に沈める。
刺激を与える。
転がす。
叩く。
重りを乗せる。
餌を塗る。
そして敵に投げつける。
そのたびに宿屋へ戻されることもあったし、トレーニング施設のNPCに露骨に顔をしかめられることもあった。だが今さら気にしてもしょうがない。こっちは最初のモンスターが卵という時点で普通の進め方なんてできないのだ。
どうせ俺は運が悪い。
だったら、普通の当たりルートから外れた時にどう攻略するか考えるしかない。
一日が終わり、また翌日が来る。
ログインして、卵の様子を見て、同じことをする。
また翌日。
また同じ。
何日も、何日も。
普通のプレイヤーなら、とっくに先へ進んでいるだろう。最初の街を出て、仲間を増やして、ダンジョンに挑んでいるかもしれない。そんなことを考えないわけではなかったが、考えたところで俺の卵は孵らない。
だから、やるしかない。
そして七日ほど経った頃だった。
宿屋で卵を抱え上げた時、指先に妙な感触が走った。
「……ん?」
目を凝らす。
卵の表面に、ひびが入っていた。
昨日敵にぶつけて壊れたとか、そういう外からの破損じゃない。自然に、内側から押し広げられたような、そんなひびだ。
「来た……?」
胸が高鳴る。
ようやくだ。
孵化のスキルを覚えなくても、ちゃんと進む道はあったらしい。俺がやっていたことの何が効いたのかは相変わらず不明だが、結果としてここまで来たなら十分だ。
卵を両手で持ち、じっと見守る。
ひびは少しずつ広がっていき、やがて殻の一部がぱきりと割れた。
「おお……」
思わず声が漏れる。
そこから何かが、もぞりと出てきた。
最初に見えた瞬間の感想は、ひとつだった。
「……丸いな」
いや、本当に丸い。
想像していたような小型ドラゴンとか、かわいい獣とか、そういうのではない。なんというか、球体だ。見れば見るほど球体だった。
もし誰かに「色々トレーニングしたせいでそうなったんだ」と言われたら、一瞬信じてしまいそうなくらいには丸い。
そして同時に通知が出た。
『称号:異形を孵す者 を獲得しました』
「嫌な予感しかしない称号だな……」
嬉しいような、嬉しくないような。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
ついに、ついにモンスターが手に入ったのだ。
「これが俺の最初の相棒だ!」
苦労した。普通のプレイヤーならまず経験しないような遠回りをした。だが、それだけに感動も大きい。
高い壁を乗り越えた時ほど達成感は大きい。
俺がそう感動していると、目の前の球体もぶるぶると体を震わせた。
「お、お前も嬉しいのか?」
そう思った瞬間だった。
そいつは俺に向かって一気に突っ込んできた。
「は?」
勢いが凄い。
まるで体当たりそのものだった。
そう理解した時にはもう遅く、激突の衝撃が全身を貫いた。
現実ほどじゃない。たぶん安全のためにかなり抑えられてる。だが、抑えられていようが痛いものは痛い。俺の視界は一瞬で暗転した。
次に目を開けた時、俺はリスポーン地点に立っていた。
「……だよな」
プレイヤーはモンスターの一撃で大体死ぬ。ここまで卵で死に戻りを繰り返していれば、嫌でもわかる。
そして、目の前にはさっきの球体がいた。
「は?」
距離が近い。
いや、近いどころじゃない。つかず離れずの距離で、当然のようにそこにいる。
最初のモンスターなんだから考えてみれば当たり前だ。モンスターはプレイヤーと一緒に行動する。なら、俺が死んでリスポーンしても、こいつが近くにいるのは自然だ。
自然だが、自然だからこそ最悪だった。
目の前の球体は、目を覚ました俺を確認した瞬間、再び体を震わせた。
「いや待て、ちょ――」
どんっ、と鈍い衝撃。
また死んだ。
再び目を開ける。
またリスポーン地点。
また目の前に球体。
「お前、相当怒ってるな!?」
言い終わる前にまた轢かれた。
視界が暗転する。
そしてまた、リスポーン地点。
また目の前に球体。
また突っ込んでくる。
「ちょ、待てって! 俺にも事情が――」
死んだ。
目を開ける。
また轢かれる。
死ぬ。
開ける。
轢かれる。
死ぬ。
何度か繰り返したあたりで、俺はようやく理解した。
ああ、これ、詰んでるなと。
宿屋へ逃げるとか、距離を取るとか、そういう前に目の前にいる。リスポーン地点で復活した瞬間、怒り心頭の最初のモンスターがぴったり横にいるのだ。逃げる暇なんてない。
「……そりゃ怒るよな」
また死に戻りして、再度轢かれるまでのほんの一瞬で俺はそう呟いた。
孵化のためとはいえ、こいつからすれば俺は散々なことをしてきた相手だ。暖炉に入れ、水に沈め、重りを乗せ、転がし、投げた。ゲーム的には正解を探していただけだが、やられる側からすればただの虐待でしかない。
俺が轢かれ続けるのも、ある意味当然の報いかもしれない。
だからしばらくは、甘んじて受けることにした。
死に戻る。
轢かれる。
死に戻る。
また轢かれる。
その繰り返しだ。
さすがに途中から、周囲のNPCの視線も変わってきた気がする。そりゃそうだろう。リスポーン地点で現れては即死を何度も何度も繰り返しているプレイヤーなんて、どう見ても普通じゃない。
だが、こちらにも言い分はある。
「俺だって好きで孵化させた相棒に轢かれてるわけじゃねえよ……!」
訴えたところで、次の瞬間にはまた死んだ。
そして、何度目かの死に戻りのあと。
球体の体当たりが、ぴたりと止まった。
「……気は済んだか?」
恐る恐る声をかける。
球体は少し離れた位置でこちらを見ていた。まだ警戒はしているが、さっきまでみたいに即突撃はしてこない。
どうやらようやく、怒りの第一波は収まったらしい。
俺は息を吐いた。
「……名前、どうするかな」
最初はもう少しかっこいい名前も考えていた。レアっぽいモンスターなのかもしれないし、強そうな名前でもつけようかと思っていた。
だが、ここまで体当たりで死に戻りを連発させられると、こっちにも思うところがある。
見た目は球体。
やってくることも突進。
なら、もうシンプルでいい。
「お前の名前は、バルだ」
ボール、だからバル。
そう言った瞬間、また勢いよく突っ込んできた。
視界が暗転する直前、俺は思った。
ああ、気に入らなかったんだな、と。
再びリスポーン地点で目を開けてから、俺はため息をついた。
「でももう決めた。バルだ。お前はバルでいい」
次に起き上がった時、バルはさっきほどすぐには突っ込んでこなかった。完全に許したわけではないだろうが、多少は落ち着いたらしい。
俺は慎重に距離を保ったまま、改めてバルを見る。
なんか言うことは聞いてくれなさそうな気もするが、とにかくモンスターが手に入った。それだけで大きい。卵の時とは違う。これでようやく本当にゲームが始められる。
「聞いてくれなくても、まあなんとかなるだろ」
卵の時と同じように投げつければいい。
耐久力は上がっているはずだ。さっきの突進の威力を見る限り、ただの置物ではない。最低でももう少しは戦える。
俺はそう考えて、バルを連れて草原へ出た。
「よし、最初の実戦だ」
目の前に現れた序盤モンスターを見て、俺は気合を入れる。
「バル! やるぞ!」
当然のように、バルは俺の言うことを聞かなかった。
それどころか、俺を睨んでいる気さえする。
「まあ、そうだよな」
だが甘い。
それで諦めるようなら、俺はここまでやっていない。
俺はバルを掴み、そのまま敵めがけて投げつけた。
ごっ、と音がして敵が吹き飛ぶ。
「よしっ!」
ダメージは卵の時より明らかに高い。
やっぱりいける。
敵へ向かったバルは、そのまま反転してこちらへ戻ってきた。
「おっと!」
俺は横に避ける。
何度やられたと思っている。もうその軌道は少し読める。突っ込んでくるなら、避けて掴めばいい。
バルはそのまま俺の横を通り抜けた。俺はすぐにそいつを抱え込み、そのままもう一度敵へ投げつける。
敵がよろめく。
また反転して戻ってくる。
避ける。掴む。投げる。
三度目で、ついに敵は倒れた。
「倒した……!」
初めて、自分のモンスターで敵を倒した。
正確には投げて倒したのだが、細かいことはいい。とにかく勝ちは勝ちだ。
「これで……俺の冒険は、これからだ!」
思わず右腕を天に突き上げる。
その瞬間、背後からものすごい勢いでバルが突っ込んできて、俺の視界は再び暗転した。




