第2話 卵しかいないのに戦えと言われても困る
ゲームの世界に降り立ってしばらく歩いたところで、俺は足を止めた。
腕の中には、相変わらず卵がある。
「……いや、これどうすんだよ」
最初のモンスターだと言われて渡されたはいいが、つついても触っても何の反応もない。育成スタイルを選んだ以上、こいつが最初の相棒になるはずだ。なのに孵化する気配すらないのでは話にならない。
俺はナビゲーターを呼び出した。
すぐに、あの柔らかな笑みを浮かべた案内役が目の前に現れる。
「どうしたのかな?」
「この卵だよ。このままじゃ何もできないだろ」
俺が卵を持ち上げて見せると、ナビゲーターはぱちりと目を瞬かせた。
「これは珍しいモンスターが当たったね」
その言葉を聞いても、まったく安心できなかった。
珍しい、は当たりとは違う。
むしろ俺みたいな運の悪いやつにとって、珍しいなんて言い方は嫌な予感しかしない。普通に強い当たりを引けるなら、今まで最低保証がデフォになっているわけがない。
「珍しいのはいいから、これどうすればいいんだ」
「基本的に育成も契約も、モンスターと戦って打ち負かしてから仲間にするんだ。だから卵形態で仲間にできることなんてないんだよ。いやぁ、珍しい」
説明しながら、ナビゲーターはどこか別のところにも意識を向けているようだった。視線がわずかに泳いでいる。連絡でも取っているのだろうか。
嫌な予感がさらに強くなる。
「きっと今後は、最初のモンスターで卵を手に入れる人はいないと思うよ」
ああ、なるほど。
俺はその意味を理解した。
「バグか」
「さあ、どうだろうね」
否定しない時点で、そういうことだろう。
サービス開始日に引いた最初のモンスターが、よりにもよって戦えない卵。運が悪いだけじゃなく、バグまで引き当てるのか俺は。
「で、どうしたら孵る?」
「すぐに孵化させたければ、育成のスキルに『孵化』というスキルがあるから、それを覚えることですぐに孵化させることができるよ」
「そのスキルはどうやって覚えるんだ」
「関連する行動をすれば、自動で覚えていくことができるね。召喚、契約、育成なら、最初はモンスターを倒すことで成長させていくことができるよ。敵を倒すには、モンスターをトレーニングしたり、ご飯を食べさせたりするのが近道かな。まあ――」
ナビゲーターはにこやかに、どうしようもない一言を足した。
「卵じゃ戦闘はできないと思うけど」
「だろうな」
知ってた。
というか、その知ってたことを確認したくて呼んだんだ。
「交換は?」
「できないよ」
即答だった。
「最初のモンスターを後から交換することはできないんだ」
「……なるほど」
どうやらこのゲームも、俺にとってはハードモードからのスタートらしい。
いや、ハードモードですらぬるいかもしれない。前のゲームでは最低保証しか引けなかったが、最初の仲間が卵で行動不能なんてことはなかった。今回は開始直後から詰みかけている。
とはいえ、まだ決めつけるのは早い。
「試してみるか」
俺は卵を抱えたまま街の外へ出た。
近場には、いかにも序盤用らしい弱そうなモンスターがいる。まずはこれで確認だ。卵に命令しても当然動かない。だったら、強制的にでも戦わせるしかない。
「悪く思うなよ。俺も必死なんだ」
そう呟いて、俺は卵を敵に向かって投げつけた。
ごっ、と鈍い音がした。
敵に当たった。ダメージも入った。卵でも攻撃判定はあるらしい。
「よし!」
手応えはあった。
だが、次の瞬間には視界が暗転した。
宿屋のベッドの上で、俺は目を開ける。
「……は?」
通知が表示されていた。
戦えるモンスターがいないため、初期地点へ移動しました。
称号『孵らぬ闘士』を獲得しました。
「いらねえ……」
どうやら卵を一回投げつけただけで、卵のHPが全損したらしい。
かすかな希望は、一瞬で砕け散った。
卵でも戦えるには戦える。だが、一撃で終わるなら戦力として数えられない。これではどうにもならない。
「じゃあ手動で孵化させるしかないか」
孵化のスキルがあれば、すぐに孵る。
逆に言えば、スキルがなくても孵る方法はあるはずだ。そうでなければ説明としておかしい。
とりあえず、この卵が何のモンスターかわからない以上、手当たり次第に試すしかない。こういうのは、そのモンスターに合った属性や環境を与えればいけるんじゃないか。数を打てばどれかは当たるだろう。
「まずは熱だな」
よくあるだろう。卵を温めるとか。
宿屋に戻った俺は、火のついた暖炉の前に立った。
「これで孵ったら笑うけど」
そう言いながら、卵を暖炉の中に入れる。
次の瞬間、また宿屋のベッドの上だった。
「駄目か!」
いや、正確には駄目というより、俺が死んだらしい。
卵を火に入れた結果、俺ごと宿屋送り。なるほど。少なくとも暖炉は不正解だ。
「じゃあ逆に冷やす?」
氷で囲う。
駄目。
「水棲系かもしれないし、水の中とか?」
桶に沈める。
駄目。
「雷とか、刺激で孵るタイプもあるか?」
それっぽい電気的なものを試す。
駄目。
そのたびに俺は死に戻りし、そのたびに新しい称号だけが増えていく。
嫌な称号ばかりだ。
見たくないので詳細は確認していないが、絶対にろくでもない内容になっている。というか、宿屋のNPCの目が少しずつ痛くなってきている気がする。
だが、俺にできることはこれしかない。
「孵らないなら、次はトレーニングだ」
ナビゲーターは言っていた。トレーニングやご飯が近道だと。
だったらやることは単純だ。
走り込みの代わりに転がす。
打ち込みの代わりに投げつける。
防御力を高めるために叩く。
重りを乗せる。
卵だからなのか、少しやるたびに壊れて俺は宿屋へ戻される。そこからまたトレーニング施設へ行って、同じことを繰り返す。
一回や二回じゃない。
何度も何度もだ。
普通なら心が折れるところだろうが、今は初心者マークがあるからか、低レベルだからか、デスペナルティがない。だったら今のうちに色々試さないともったいない。
どうせ俺のゲーム人生なんて、こんなもんだ。
すんなり進めるなんて最初から期待していない。むしろこういう試行錯誤の末に突破口を見つける方が、突破した時の気持ちよさは大きい。
気付けば、トレーニング施設のNPCたちが露骨に目を逸らしていた。
「そんな目で見るなよ……俺だって好きでやってるわけじゃないんだ」
言い訳しても、もちろん返事はない。
それでも手を止めるわけにはいかなかった。
火が駄目なら水。水が駄目なら電気。刺激が駄目なら圧力。圧力が駄目なら運動。思いつく限りの方法を片っ端から試していく。
そうして、ようやくその日は諦めることにした。
「……やれるだけのことはやった、はず」
もう夜だ。
これ以上続けても、今日は進展がない気がする。
俺は最後に、餌を取り出した。
「卵が食うのかは知らないけどな」
食べる口があるわけでもない。だが、ナビゲーターはご飯も近道だと言っていた。だったら無駄でもやるしかない。
俺は餌を卵に塗りたくった。
正しいやり方かはわからない。というか、たぶん違う。だが他に方法もない。
「明日、これで何も変わってなかったら……」
そこで言葉を切る。
前のゲームを引退したばかりだ。新しいゲームでも、初日から卵相手に死に戻りを繰り返している。さすがにこれで進捗ゼロなら、見切りをつけてもいいだろう。
「その時は、このゲームも終わりだな」
そう呟いて、俺はログアウトした。




