第46話 少しずつ崩せるようになってきた
最初の三回までは、正直、話にならなかった。
突っ込む。
やられる。
戻る。
それだけだ。
敵の数が多すぎるし、こっちは二人しかいない。しかも最初のうちは、どこをどう崩せばいいのかまるで見えてこなかった。
だが、だからといって止める理由にもならない。
もともと、今日はごり押しで行くと決めていたのだ。
どうせ一回や二回で突破できる相手じゃない。だったら、何度もぶつかって、そのたびに少しずつでも情報を持ち帰るしかない。
そうして数えて、今で十回目のゾンビアタックだった。
「……見えてきたな」
待ち合わせ場所からラザロの拠点を見ながら、俺は小さく呟いた。
最初の頃は速攻でやられていた。
だが、さすがに何度も繰り返すと、敵の動きにもある程度の癖が見えてくる。
そもそも、相手が十人いたところで、十人全員がぴたりと息を合わせてモンスターを操ってくるわけじゃない。
こっちも「正面から行くぞ!」みたいな律儀な始め方はしていない。拠点前に近づいて、隙を見て、崩せそうなところから崩そうとしている。
だから相手の足並みも、常に揃っているわけではなかった。
「ミルト、右のやつから行くぞ!」
「はい!」
声を掛け合って飛び出す。
何度も何度も繰り返したせいで、俺とミルトの動きも最初よりずっと噛み合っていた。
バルが前に出る。
ミルトのモンスター――ネブラが補助に回る。
俺とミルトが、それぞれ狙う相手を絞って指示を飛ばす。
その変化が、はっきり形になったのが十回目だった。
「……あ?」
敵の一人が、いきなり倒れた。
モンスターを全部倒し切った、その直後だった。
一瞬、俺はぎょっとした。ついに攻撃が人間本体に当たってしまったのかと思ったのだ。だが、違う。倒れたそいつはそのまま気絶したように崩れ落ちていた。
「モンスター切れか!」
俺はすぐに気づいた。
クラリスが言っていた通りだ。持っているモンスターを全部倒された加護を持たない人間は、そのまま気絶する。
「よしっ!」
思わず叫ぶ。
残念ながら、倒れたそいつはすぐに他の連中に回収され、拠点の奥へ運ばれてしまった。確保まではできない。だが、それでも進歩だ。
二人対十人だったのが、今ので一人減った。
数字としては小さい。
だが、精神的には大きい。
「やっぱり積み重ねだな!」
俺は笑った。
こういうのは、一回でどうにもならないことの方が多い。何度もぶつかって、その中で少しずつ糸口を掴んでいくしかない。
それがようやく、形になってきたのだ。
そして、そこからもゾンビアタックは続いた。
倒される。
戻る。
また行く。
単純だ。
だが単純だからこそ、積み上がる。
攻撃の癖がわかる。
誰がどのモンスターをよく使うかが見えてくる。
危険なやつと、まだ崩せそうなやつの差も少しずつ見えてくる。
そして数えて、二十一回目。
その時、ついに変化が起きた。
「ミルト!」
戦闘の最中、ネブラの動きが変わったのだ。
ただの補助じゃない。景色が、少し揺らいだように見えた。
「新技です!」
ミルトが叫ぶ。
「蜃気楼!」
「また補助か!」
思わずそう返したが、効果自体は一瞬でわかった。
ミルトとネブラの位置が、どこか曖昧になる。
はっきりそこにいるはずなのに、妙に狙いがずれる。相手から見て、ごまかされている感じだ。
「俺には効いてないな」
「たぶん、自分たちだけみたいです!」
なるほど。
パーティ全体にかかるわけじゃないらしい。そこは少し惜しい。
だが、それでも十分だった。
蜃気楼を覚えてから、ミルトがやられるまでの時間が明らかに伸びたのだ。
今までは少し目を離すとすぐ霞になっていたのに、今は違う。ネブラと一緒に、ちゃんと持ちこたえている。
「有能すぎるだろ、それ!」
「攻撃技じゃないんですけどね!」
「いや十分だ!」
俺は本気でそう思った。
補助でも、時間を稼げるなら大きい。こっちはゾンビアタック前提なのだ。長く戦えるだけで、それだけ積み重ねも増える。
しかも、何度も死んで戻ってを繰り返すうちに、俺とミルトの間に変な遠慮もなくなってきていた。
「左のやつ、今ならいける!」
「わかりました!」
「バル、そっちだ!」
「ネブラ、補助を!」
そんなやり取りが、前よりずっと自然にできるようになっている。
気づけば、ミルトに対して抱いていた「少し遠慮がちなやつ」という印象も、だいぶ薄れていた。
戦友。
大げさかもしれないが、今はわりとそんな感じだった。
それに、変わったのは人間同士だけじゃない。
バルとネブラも、こっちと同じように何度も何度も一緒に戦っている。
最初は、相手のモンスターの名前なんて覚えなくてもいいと思っていた。どうせ一時的な同行相手だろうと、そんなふうに考えていたのだ。
だが、流石にここまで一緒にやっていると違う。
「ネブラ、そっち頼む!」
気づけば、自然に名前を呼んでいた。
バルも、ネブラの動きを前提にしたような位置取りを見せるようになっている。ネブラが揺らし、バルが叩く。そんな形が少しずつできていた。
そして、数えて三十五回目。
ついに、二人倒した。
「残り七人!」
俺は思わず叫んだ。
ついにここまで来た。
最初は十人だったのだ。それが今、七人になっている。もちろん一気に削ったわけじゃない。何度も何度も繰り返し、そのたびに一人、また一人と落としてきた結果だ。
「いける!」
そう思った。
だが、次の三十六回目でその期待は裏切られた。
「……は?」
増えた。
新しく二人、別のやつらが出てきたのだ。
しかも、ただ人数が増えただけじゃない。
「一回り強くないか!?」
こっちの攻撃を受けても余裕がある。
モンスターの圧も違う。
明らかに、今まで前にいた連中より格が上だった。
「補充しやがった……!」
思わず歯噛みする。
七人まで減らしたと思ったら、また九人だ。
ふざけている。
だが、ふざけていても、やることは変わらない。
「増えたところで関係ない!」
俺は声を張った。
「こっちはこっちで、ごり押し続けるだけだ!」
ミルトも頷く。
「はい!」
そこからも、俺たちは止まらなかった。
やられても戻る。
またぶつかる。
少しでも崩せるところを崩す。
新しく増えた二人は確かに強かった。だが、だからといって絶対無理なわけでもない。むしろ、強い相手が入ったことで他の連中の動きに微妙な変化が出て、そのぶん狙える瞬間も生まれていた。
そして四十回目。
ついにまた一人倒した。
「よしっ!」
残りはまた減った。
だが、その瞬間、俺は空を見上げて顔をしかめた。
「……やば」
時間だ。
現実の時間が、もうだいぶ遅い。
明日も普通に学校がある。
ここで無理をして、生活の方が破綻したら元も子もない。
「今日はここまでだな」
待ち合わせ場所で、俺はミルトにそう言った。
悔しくないわけじゃない。
あと少し続ければ、もしかしたらもう一人くらい削れたかもしれない。勢いも出てきていたし、正直、普通に楽しくなってきていた。
だが、それでも区切るべき時はある。
「頑張ればいけそうでしたね」
ミルトも、息を整えながらそう言った。
「ああ」
俺は頷く。
「今日だけで終わらせるつもりだったけど、相手もそう簡単にはいかせてくれないらしい」
それでも、成果は十分あった。
相手を四人倒した。
たとえ明日にはまた復活しているとしても、それ以外にモンスター自体は何体も倒している。今日より明日、明日より明後日の方が、より倒せるはずだ。
敵の動きは見えてきた。
こっちの連携もできてきた。
何より、手応えがあった。
「なんだかんだで、かなり進んだよな」
「はい」
ミルトの返事も、前よりずっと自然だった。
最初の頃みたいな遠慮がちな感じはもう薄い。こいつもたぶん、俺と同じように思っているのだろう。この戦いそのものに、変な連帯感みたいなものが生まれている。
俺は隣にいるバルを見る。
ネブラと並んでいる姿にも、最初の頃とは違う馴染みがあった。
「バルもネブラもお疲れ」
そう言うと、二体とも小さく揺れた。
こっちだけじゃない。
モンスター同士の間にも、きっと何かできている。
「じゃあ、また明日だな」
俺が言うと、ミルトも頷いた。
「はい。明日またやりましょう」
そうして俺たちは、明日また続きをやる約束をして、それぞれログアウトした。




