第36話 もう俺に絡むな
レグルスは、ようやく少しだけ冷静になったようだった。
俺から距離を取ったあと、さっきまでみたいな勢いだけの顔ではなく、周囲を見回し始める。
そこでようやく気づいたらしい。
近くにいたこの世界の住人たちが、あからさまにこそこそ話をしていることに。
そりゃそうだ。
周りから狂人呼ばわりされている俺に、宿の前で何度も何度も突っかかっている男がいるのだ。目立たないわけがない。
「……」
俺は内心でちょっと笑った。
たぶん、こいつの評判も今ので下がったのだろう。ざまあみろ、とまでは言わないが、少なくとも無傷では済まないらしい。
そう思っていたら、レグルスがふいに右上へ視線を向けた。
「ん?」
あの動き、見覚えがある。
メニューか何かを開いた時のやつだ。
しかも今の流れでわざわざ確認するなら、称号か評判絡みだろう。もしかしたら本当に何か増えたのかもしれない。
「……笑えねぇな」
レグルスは小さく舌打ちした。
どうやら本当に、あまりよろしくない何かを手に入れたらしい。
俺はそこで、少しだけ親切心を出してやることにした。
「なあ、レグルス」
呼ぶと、レグルスは嫌そうな顔のままこっちを見た。
「このまま俺に突っかかってても、お前の欲しいものは手に入らないぞ」
「は?」
「順番に考えろって話だ」
俺は肩をすくめる。
「最初のれいにゃの時だって、俺はまったく関係なかったはずだろ」
あの日、俺はただ通りかかっただけだ。見捨てようとしたくらいで、れいにゃに興味なんてなかった。
「それがお前がつっかかってきたから、れいにゃと知り合いになった」
なりたかったわけじゃないが、それは事実だ。
「次に会った時もそうだ。お前がまたつっかかってきたから、俺は『仲良くなれた』って嘘をついた」
レグルスの顔が少し歪む。
まだそこを引きずっているらしい。
だが俺は構わず続けた。
「でも結果的に、今では本当に仲良くなって、昨日フレンドにまでなってる」
「……」
レグルスは黙った。
黙ったまま、こっちを睨んでいる。
「つまり何が言いたいかっていうと、お前が俺に向かってくるたびに、結果的に俺とれいにゃの距離が縮まってるんだよ」
そこで俺は、できるだけわかりやすく言ってやった。
「だから俺のことはもう諦めて、れいにゃに突撃しろ」
「っ……!」
「いや、突撃って言い方はあれか。もっと普通に行け」
さすがに自分で言っておいて訂正する。
レグルスのやつ、今の言い方だと本当に変な方向へ走りかねない。
「そもそも、れいにゃが本当にお前の好きな人なのかもまだわかってないんだろ」
そこがまずおかしい。
好きな人かもしれない、でここまで暴走しているのだから大概だ。
「まずそこを確認しろよ。個人情報だから答えてくれるかは知らんが」
レグルスは何か言いたげだったが、言葉にならなかったらしい。
悔しそうに口を噛みしめている。
だが、少なくともさっきまでみたいに勢いだけでPVPを仕掛けてくる空気ではなかった。
「わかったら、もう俺に絡むな」
俺はそう言って、踵を返した。
今度こそ終わりだ。
そう思って、昨日とはまた別の出口へ向かって歩き出す。
……はずだった。
「待て!」
「は?」
後ろから足音が迫ってくる。
思わず振り返ると、レグルスが普通に追いかけてきていた。
「なんでだよ!」
デメリットしかないってわかっただろうが!
思わず叫びながら、俺は反射的に走り出した。
話は通じたんじゃなかったのか。少なくとも少しは冷静になったと思っていたのに、結局追いかけてくるのかよ。
「お前、デメリット考えたらもう俺のことはいいだろ!」
返事はない。
ただ、追ってくる気配だけがある。
「くそっ、結局こうなるのか!」
しょうがない。
俺は昨日と同じように、街角で大きく進路を変え、そのまま建物の陰へ滑り込んだ。
後ろの足音はまだある。
「バル!」
呼ぶと、丸い相棒がいつものように小さく揺れた。
「頼む!」
次の瞬間、バルは迷いなく俺に突っ込んできた。
視界が暗転する。
そして次に目を開けた時、俺はリスポーン地点に立っていた。
「よし、撒いたな」
少なくともこのやり方なら、追いかけてくる相手にはまだ通じる。
俺は立ち上がり、今度こそ街の外へ向かった。
昨日とはまた違う出口だ。
レグルスの姿は、もうどこにもなかった。




