第35話 称号を見せたら引かれた
いつものように学校から帰って、すぐにゲームへログインしようとして、俺は手を止めた。
「……あ」
昨日、ログアウトする前に宿を変えていない。
それを思い出した瞬間、嫌な予感がした。
このゲームは、ほとんど全部をAIで作ってAIで回しているらしい。そのせいか、普通なら省略されそうな部分までやけに細かい。普通のゲームなら一つの街に宿屋は一つ、道具屋も一つ、武器屋も一つ、みたいな感じだろう。だがこのゲームは違う。
同じ街の中に宿屋がいくつもある。
しかも、ただのコピペじゃない。外観も内装も、ちゃんと違っている。本当に街並みみたいに作られているのだ。
「……宿を変えておけばよかったか」
最近の俺は、レグルスと運命の黒い糸ででも結ばれているのかというくらい、顔を合わせていた。
だが考えてみれば、学校から帰ってすぐログインしていたのだから、向こうも似たような時間に入っていたのかもしれない。宿を変えていれば、それだけで交点はずれていた可能性が高い。
「時間をずらすか?」
一瞬そう考えて、すぐに首を振る。
「……いや、どっちみち宿の前で待ち構えられてたら一緒か」
あいつならやりかねない、と思えてしまうのがひどい。
結局、俺はそのままログインした。
そして案の定、目の前にはレグルスがいた。
「だよな」
もう驚きもしない。
「昨日はお前が勝ったんだから、もういいじゃん……」
思わずそう漏らしたが、もちろん届く気配はなかった。
レグルスは相変わらず、こっちの話を聞く気がない顔で突っ立っている。
一日置いたんだから少しは鎮火していろよ、と思う。だが、どうやらあいつの中ではまだ燃料が尽きていないらしい。
というか、本来向かう先は俺じゃないだろう。
「俺じゃなくて、目的のれいにゃのとこ行けよ……」
ぼやいても意味はない。
レグルスはまたしても、こっちをPVPに持ち込もうとしていた。
「はぁ……」
俺はため息をつく。
このまま売り言葉に買い言葉で始めてもいいが、今日は少し違う。こっちには話したいことがある。
だったら、まずは一回冷静になってもらうのが先だ。
「バル」
俺が呼ぶと、横の丸い相棒が少し揺れた。
「いつものやつ、頼む」
バルは理解したらしい。
次の瞬間、俺に向かって迷いなく突っ込んできた。
視界が暗転する。
そして、リスポーン地点で目を開ける。
宿の前だ。
俺は立ち上がって、改めてレグルスを見る。
さっきまでの勢いは少しだけ削がれていた。そりゃそうだろう。目の前で、相手が自分のモンスターに轢かれて平然と戻ってきたのだ。
「……少しは冷静になったか?」
レグルスは、さっきまでよりはまだ話を聞ける顔になっていた。
今ならいける。
「まず確認するが、お前がPVPを仕掛けてくる理由は、俺に損をさせたいからだろ」
俺は先に、向こうの目論見を口にした。
「倒せば相手にデスペナが入る。だから嫌がらせになる。そういう前提でやってるんだろ?」
レグルスは露骨に眉をひそめた。
図星らしい。
だが、そこで俺は肩をすくめる。
「でも、その目論見は俺には成立してない」
「は?」
「俺にはデスペナがない」
レグルスの顔が止まる。
「何言って――」
「信じてないだろ」
まあ、当然だ。
自分の情報を相手に漏らすのがよくないことくらい、俺にもわかっている。だが、ここは必要経費だ。このまま延々と絡まれる方がずっと面倒くさい。
「ほら」
俺はメニューを開き、対象の称号を見せた。
千死不罰。
そしてその効果。
レグルスは、最初は疑っていた顔のままだった。だが、効果を読み、そしてそのまま視線が少し横へ流れた。
俺の称号群だ。
ちらっと見えたのだろう。
孵らぬ闘士だの、異形を孵す者だの、どう見てもろくでもない称号の数々が。
「……」
レグルスが、目に見えて俺から距離を取った。
「いや、そっちかよ」
思わず口に出た。
もっとこう、デスペナがないのかよとか、だから平気で死ぬのかよとか、そっちの反応かと思っていたのに。実際には、称号一覧を見た瞬間に引いている。
まあ、引く気持ちはわかる。
わかるけども。
「信じたか?」
俺が聞くと、レグルスはすぐには答えなかった。
だが、さっきまでみたいな勢いはもうない。
俺と、俺の横にいるバルと、そして称号欄を見比べるようにしている。
「……お前」
ようやく出てきた声は、前よりずっと弱かった。
「思ってたより、だいぶやばいやつだったんだな……」
「そこは否定しづらい」
ガルディーノにも説明されたばかりだ。
今さら俺も無理に否定はしない。
とにかく、これで向こうも理解したはずだ。
俺を倒しても、普通の相手みたいな嫌がらせにはならない。少なくとも、こいつが期待している方向では意味がない。
「だから、もうやめとけ」
俺ははっきり言った。
「お前が絡んでも意味ない。少なくとも俺相手にはな」
レグルスは何も言わなかった。
ただ、俺との間にできた距離だけが、さっきよりはっきりしていた。




