第31話 狂人様は路地裏で取引する
れいにゃの頼みを受けたあと、俺はふと一番手っ取り早い手を思いついた。
「なあ、死ねば早くないか?」
リスポーン地点は宿屋だ。だったらここで一回死ねば、面倒な帰り道を歩かなくて済む。俺にとってはいつもの発想だった。
だが、れいにゃは露骨に顔をしかめた。
「嫌だよぉ、痛いしぃ」
「……痛いのか?」
「君、そこからなのぉ?」
呆れた声で返される。
さらに聞くと、どうやら普通は死ぬとデスペナルティがあるらしい。しかも、その場に落とすとかではなく、アイテムがランダムで消失するとのことだった。
「マジか」
俺は素直に驚いた。
今まで知らなかったのも無理はない。最初はトレーニングばかりで、そもそも持ち物らしい持ち物がなかった。卵の頃は死に戻りを繰り返していただけだし、孵化してからもレアっぽい物なんて持っていなかった。だから何を失っていたのか気づきようがなかったのだ。
そこへ、いつの間にかデスペナルティ回避の称号まで取っていた。そりゃ内容をちゃんと把握しないままここまで来るわけである。
「ようやくデスペナの中身を知った感じか……」
「今まで知らなかったのぉ?」
「知らなかった」
れいにゃはものすごく微妙な顔をした。
「俺は大丈夫なんだけどな」
「私は大丈夫じゃないんだよぉ」
そりゃそうか。
れいにゃと一緒に戻る必要がある以上、ここで轢かれて終わりというわけにはいかない。面倒だが、来た道をそのまま戻るしかなかった。
湖を離れ、森を抜け、街への道を歩く。
その途中で、れいにゃは手持ち無沙汰だったのか、勝手に話し始めた。
「私はねぇ、かわいいものが好きでこのゲーム始めたんだよぉ」
「へえ」
興味がないわけではないが、だからといって食いつくほどでもない。俺は適当に相槌を打つ。
れいにゃは今も抱きしめている小さなモンスターを見下ろして、少しだけ頬を緩めた。
「最初に手に入れたこの子がすっごくかわいくてぇ、それで続けてる感じぃ」
「なるほど」
俺とはだいぶ違う始め方だ。
こっちは卵から始まって、壊して、死んで、轢かれて、ようやくここまで来た。かわいさで始める余裕なんてなかった。
「でもねぇ、女だからか知らないけどぉ、変に声かけてくるやつ多くて困るんだよねぇ」
「ああ」
「声かけるだけならまだいいけどぉ、付きまとってくると普通にだるいしぃ」
「……まあ、そうだろうな」
俺には関係ない話だが、とりあえず頷いておく。
正直、レグルスの顔が浮かんだ。あれを思えば納得はできる。
そうこうしているうちに街へ戻り、餌屋の前へたどり着いた。まずはれいにゃ自身の買い物が終わるのを待つ。
店から出てきたところで、俺はすぐ横の路地へれいにゃを引っ張った。
「こっちだ」
「えぇ、わざわざ移動する必要あるぅ?」
「あるに決まってるだろ」
俺は即答した。
「バレたら売買できないかもしれないじゃないか!」
実際、俺は狂人様扱いで取引拒否されているのだ。れいにゃ経由でやる以上、少しでも目立たない方がいいに決まっている。
れいにゃは道中、周りの反応がいつもと少し違うようなことを口にしていた。たぶん、俺と一緒にいるせいだと薄々気づいているんだろう。俺もそう思っていたが、わざわざ口に出して指摘はしなかった。
路地裏で、俺は持っていた売却用アイテムを全部れいにゃに渡した。
なんというか、ものすごく裏取引っぽい。
自分でやっておいてあれだが、絵面がひどい。
「とりあえず今回は、売った金で買えるだけ買ってきてくれ」
「全部ぅ?」
「全部だ。次いつ取引できるかわからないからな」
れいにゃは「はぁい」と気の抜けた返事をして店へ戻っていった。
待っている間、俺は少しだけ落ち着かなかった。
もしいくらか抜かれていても、俺にはわからない。相場もわからないし、餌の種類だって詳しくない。だが、さすがにそこは先に釘を刺しておいた。
後で発覚したらわかっているだろうな、と。
だからまあ、大丈夫だろう。たぶん。
しばらくして、れいにゃが戻ってくる。
「はい、これぇ」
受け取った袋は、思ったよりずっしりしていた。
「適当に見繕っといたよぉ」
「助かった」
これは本音だった。
正直、ここまで来られただけでもありがたい。素直に礼を言うくらいはする。
「ありがとな」
「どういたしましてぇ」
本当なら用は済んだのでここで解散したかった。
だが、頼まれたのはさっきの場所へ戻るまでだ。こういう時って、大体イベントと考えたらレグルスに出くわすよなぁ、と半ば覚悟しながら元来た道を戻る。
だが、意外にも何も起こらなかった。
「……あれ?」
思わず呟く。
俺にしては運がいいのか、本当にレグルスと出会わずに済んだ。
「どういうことだ?」
「何がぁ?」
「いや、こっちの話だ」
まあ、問題が起こらなかったのであればそっちの方がいい。俺の運がたまにはまともに働いたのかもしれない。
そうして、最初にれいにゃと会ったあたりまで戻ってくる。
これで本当に解散だ。
そう思っていたら、れいにゃがこっちを見て言った。
「君は私に付きまとってこなさそうだしぃ、道中も割と楽しかったからぁ、フレンドになってあげてもいいよぉ?」
俺は丁重にお断りした。




