第29話 面倒だから逆に話す
後ろから「ふざけんなー!」とレグルスの声が追ってきた。
だが、先に走り出したのは俺だ。ある程度の距離はもう開いている。
「まあ、そうなるよな」
あの流れで「ああそうか」と素直に引き下がるようなやつじゃないのは、最初からわかっていた。
ただ、このままだと面倒だ。
こいつ、たぶんこの調子でどこまでもついてくる。
「しょうがない」
俺はそのまま街の門の手前あたりまで走り、そこで建物の陰へ滑り込むように曲がった。
後ろの足音はまだ遠い。
今ならいける。
俺はすぐにバルへ向き直った。
「いつもの、お願いしやっす」
バルは一瞬だけこっちを見たあと、妙に手慣れた感じで突っ込んできた。
視界が暗転する。
そして次に目を開けた時、俺はリスポーン地点に戻っていた。
「よし、撒けたな」
この手なら、少なくとも直線で追いかけてくる相手には強い。
死に戻り前提の移動方法としてどうなんだという気もするが、実際便利なのだから仕方ない。
俺は立ち上がり、さっきの門とは逆方向の門へ向かった。
「いつもの場所だと敵も同じだし、ちょうどよかったかもしれん」
レグルスを撒ける。
ついでに、違う場所で違うモンスターも探せる。
一石二鳥だ。
門を出ると、見慣れた草原ではなく、少し先に森が広がっていた。今までより木が多く、空気もひんやりしている。視界は少し悪いが、そのぶん新しいモンスターもいそうだった。
「よし、今日はこっちだな」
俺はバルを連れて森へ入った。
出てくるモンスターも、今までの草原とは違っていた。小型だがすばしっこいやつ、木陰に紛れるやつ、少しだけ硬い殻を持ったやつ。種類が違うだけで戦い方も少しずつ変わる。
悪くない。
こういうのだ。こういう新しい場所を進んでいく感じが欲しかった。
何体か倒しながらさらに奥へ進んでいくと、不意に視界が開けた。
「……湖?」
そこには大きく開けた湖があった。
森の中にぽっかりと空いたような場所で、水面は静かに揺れている。周囲も少し明るくて、さっきまでの森の閉塞感が薄れていた。
「ここなら、また違うモンスターもいそうだな」
俺は湖の周辺を歩きながら、敵の気配を探した。
その時だった。
どこからか、鼻歌が聞こえた。
「ん?」
人の声だ。
しかも、妙にのんびりしている。
湖畔の方へ目を凝らすと、少し離れた場所に人影があった。
いや、人影だけじゃない。
毛がもっさもさな大きなモンスターを枕にして、小さくて愛らしいモンスターを抱きしめながら、ひどくくつろいでいる女がいる。
「……」
見覚えがあった。
俺は隠す気もなく、思い切り嫌そうな顔を向けた。
すると向こうも俺に気づいたらしい。のんびりした顔が一転して、ぎょっとした表情になる。
「えっ? おかしくないかな!? 私が顔をしかめるならまだしも君が顔をしかめるのは!?」
「いや、そりゃするだろ」
思わず即答した。
れいにゃ。
よりにもよって、ここで会うのか。
レグルスの件がある以上、俺にとっては基本的に関わりたくない相手である。見つけた瞬間にうんざりするくらいは普通だろう。
というか、こんなしゃべり方だったか?
前に会った時はもっと間延びしていた印象がある。今のは少し素に近かったような気もする。
れいにゃは小さく咳払いをした。
「どうしてそんな顔をするのかにゃぁ?」
「今、直したな?」
「気のせいだよぉ?」
絶対違うだろ。
そう思ったが、今そこを追及しても仕方がない。
俺は少し考えた。
レグルスのことを話すべきか。
それとも何も言わず、見なかったことにして立ち去るか。
正直、面倒だ。ものすごく面倒だ。
だが、ここで黙って離れたあと、後で何かあったら妙にもにゃる気がする。俺はもう、あいつに会った。れいにゃのことを聞かれた。嘘も訂正した。そこまでしておいて、本人を見つけたのに何も言わないのも、何か違う気がする。
「……うん、面倒だ」
口に出してから、俺は腹をくくった。
「面倒だから、逆に話す」
「えぇ……」
れいにゃはすでに面倒そうな顔をしていたが、俺はそのままレグルスのことをぶちまけた。
前に絡んでいたこと。
こっちが適当に煽ったせいで、妙な勘違いをしていたこと。
今日また会って、れいにゃが好きな人かもしれないとか言い出したこと。
会わせてほしいと頼まれたこと。
面倒だから嘘だと訂正して、そのまま逃げてきたこと。
そこまで全部聞き終えたれいにゃは、心底面倒そうな顔をしていた。
「……うわぁ」
「まあ、そうなるよな」
俺も同じ感想だった。
れいにゃはもふもふの大きなモンスターに体を預けたまま、盛大にため息をつく。
「いやぁ、それはぁ……めんどくさいねぇ」
「だろ?」
「だねぇ……」
意見が一致した。
珍しいが、こういう時は変に揉めない方がいい。
面倒なものは面倒。それで十分だった。




